Mama Club

日常の困った事、疑問に思った事や色んな体験談を呟きます。ペットロス中です。

ペット介護体験


Rが亡くなる前日、不思議な事がありました。


黒い猫が突然庭から家の中に入ってきました。


洗濯物を干そうと窓を開けたところ、飛び込んできたのです。
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近所の猫が庭の塀を通り抜ける事はありましたが、見た事の無い綺麗な黒い猫です。


長い間住んでいる家ですが、これまで猫が家の中に入ってきた事はありませんでした。


窓の近くにRが寝ていたため、猫を外に出そうとしましたが、さっさと中に入ってしまい、すばしっこいのです。


Rに気がついても何の反応もしない黒猫。

猫が大好きで、見かけるといつも「ねえ、遊ぼう」と声をかけていたRでした。でもいつも「シャーッ」と睨み付けられて、がっかりしていました。

もう意識も無いRでしたが、猫に気が付いたらもしかしたら、喜んで反応するかなとも思いました。

残念ながら、何の反応も無く、猫がそばに来ても、寝ているだけでした。


黒猫をつかまえて、外に出しました。でも、また中に入ろうとします。「今はダメだよ。病気の犬がいるの。おうちに帰りなさい」と言って、猫を庭の外に出そうとしましたが、何回やっても、敷地内に入ってくるのです。

何故そこまでして我が家に入ろうとするのかなあと思いました。Rの存在が原因だろうと思いましたが、猫はRには何もしませんでした。
もし、臭いのせいだとしたら、他の猫も寄ってきたでしょう。黒猫は、Rの方を見向きもしませんでした。
つられたとしたら、ていない様で、無視していました。他の猫も寄ってきてもよいはずです。

黒猫をやっと庭の外に出して、猫はどこかにいなくなりほっとしました。
Rが元気だったら、歓迎したのですが。

その日の夜、激しい雨が降りました。

朝には雨は止んで、窓を開けると、庭の先に猫がいました。


塀の上で、雨にぬれたままこちらを向いてじっと座っていました。いつからそこにいたのだろう、雨に濡れて大丈夫かなと心配になりました。


まるでRを外から見守ってくれているかのようでした。


その日、Rは旅立ち、黒猫はいつのまにかいなくなり、それから一度も姿を見せなくなりました。

あれは何だったのでしょう。Rを天国に連れて行く使者だったのかなと家族で話していたほどです。








話は戻りますが、Rが亡くなる前にとった動作を思い出しています。


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何度もペットを見送った方なら、すでにご存じかと思いますが、私は初めての体験でした。
今思えば「もうダメなのかもしれない」「お別れが近いのかも」と感じられる動作がいくつかありました。
これを知っていれば、最期に一緒にいてあげられる可能性が上がり、心の準備もできるのではないかと思います。辛くて認めたくは無い事ですが。

その仕草は……

🌟水を飲んだり、ご飯を食べる時に首が支えられない。下を向いて水を飲めなくなるので、口まで運んであげないと飲み食いができません。

🌟寝ている途中に顔を持ちあげては、ばたんとまた寝る。これは、結構繰り返しました。

🌟瞼が閉じなくなる。眼球が乾いてしまい、変形する。

🌟鼻から臭いのする液体がでる。呼吸の度にズルズルと音がします。目からも少し出始めます。

🌟頬が膨れたりしぼんだりする。呼吸困難の状態だそうです。

🌟身体から強い臭いがする。体内で感染により腐敗がおきていたのかもしれません。

🌟のびをする。呼吸が止まる直前に、手足を大きく伸ばしました。



思い出せるのはこの位です。ため息もついた様な気もしますが、記憶が曖昧です。

介護状態の犬が、弱ってきて、この様な動きをする様になったら、気をつけて見守ってあげたいものです。でも、付きっ切りでいられないので、難しいですよね。

突然のお別れをするワンちゃんもいますので、辛いですが、次第に弱っていき、最後を看取れたのは幸せな事だと思っています。

その方がRも喜んでくれるかな。





Rが重症になってからわかった病気「腸リンパ管拡張症」とはどんな病気なのでしょう。

簡単にまとめてみました。

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腸管と腸のリンパ管を圧迫する腫瘍などが原因で、リンパの流れが妨げられ拡張し、機能不全を起こす病気です。
リンパ管内のリンパ液が腸管の内腔に漏れ出てしまう為、タンパク質も出てしまいます

慢性の下痢が続き、体重減少、腹水、胸水、浮腫も起こる事があります。


腸の組織を一部切り取って病理組織的検査をしないと確定診断はできません。

完治は難しい病気の様です。

治療は、食事と薬です。低脂肪食にし、ステロイドの投与を続けます。腹水がある場合は利尿剤を使う
こともあります。


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Rの場合は、老犬で、かなり進行していたため、病理検査はしませんでした。血液検査だけやりました。その結果は非常に悪く、その為、無理な治療はしないことに医師も賛成してくれました。


今こうやって、思い出していくと、「あれで良かったのかな」という思いが出てきます。
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見た目は穏やかだったけど、Rは苦しかったのだろうな、お腹も痛かったのではないかな、と想像してしまい、わかってあげてなかったのではないか、もっといたわってあげたらよかったのではないか、と反省の気持ちがわいてきます。

犬は我慢強いです。もし、同じ症状が自分自身に起こったら、どんなに弱音を吐く事だろう。

もっと苦しさをわかってあげたらよかったと、今更ですが自分を責めています。

寿命だったのだと諦めてはいましたが…、ペットロスとはこんなに辛いものなのですね。







ペット霊園に行こうと思っていました。


しかし子どもが反対。

「遠い知らない所に置いて帰るなんてできない。Rはきっと自分は捨てられたと思っちゃうよ。いつも一緒にいたい。」と涙を浮かべて訴えました。

確かにそうです。病院に入院した時、不安そうだったあのRの顔が浮かびました。

霊園は丘の上にあります。行った事もないところだからさぞ怖い事でしょう。

もし家を引っ越す事があったら、骨を掘り返せば良いのです。

リビングから良く見える所に埋めることにしました。


子ども達が早朝から穴をほり、泣きながらそっと亡骸を置きました。お花と一緒に。


亡くなる前日にRと一緒に眺めた金木犀の木の下です。
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満開だった花はもうほとんど散っていましたが、不思議な事に、再び満開になり、お墓の上に沢山の黄色い花を散らしました。まるで止まらない私たちの涙のように。


金木犀の香りが漂う季節になると、この日の事を思い出します。


ペットとの別れは、もしかしたら人間との別れより辛いかもしれません。心を通わせたペットは、純粋で人の心を清めてくれる存在であり、愛おしく、心の支えにもなってくれるものだからです。


本当の慈愛を感じさせてくれる存在を失うのは、身体の一部を無くしたも同然と言えます。


その日以来、初めてペットロスというものを知りました。





Rがのびをした後、オムツを交換しながらもしや…と、嫌な予感がしました。


そして、様子を良く見ると、いつもならくるんと横になるRの身体が、だらんと力が抜けていました。


「Rを見て!」と傍にいた子供に叫びました。そしてRから目を離しませんでした。

首から胸にかけて見えていた呼吸の動きが弱くなったかと思うと、すうーっとゆっくり動きが止まりました。
オムツを換えてからあっという間でした。


とても静かに息を引き取りました。静かに眠る様でした。

少しでも目をそらしていたら、気がつかなかったはずです。

その瞬間に立ち会えた事は奇跡でした。子どもも、たまたま学校が休みだったし。


普段なら私は仕事や買い物、子どもは学校で、誰もいない時間だったかもしれません。


Rにきちんとお別れができたのは、Rからの最後の最高のプレゼントだったと思います。


呼吸が止まってから、心臓の音を聞く為、聴診器をあてました。するとびくっと身体が動いたので驚きました。

まだ生きている!と思った瞬間、口から一気に「はーっ」と息を吐きました。肺の空気が全て出た様でした。


それまで閉じていた口が大きく開き、そのまま固まってしまいました。それが本当の最期の姿でした。


口からもどこからも何もでませんでした。とても綺麗な姿でした。

最後のトイレの時、大量に便がでたあの時が内臓的には最期だったのかもしれません。あの時、腸を空っぽにしたのでしょう。

おしっこは直前にしたばかりでした。


目は前から開いたままでしたので、そっと閉じてあげ、口も閉じてあげました。

すると本当に安らかな寝顔になって、とても天国にいったとは思えない可愛さです。


この時は、自分が看取れたという満足感みたいなものがあって、まだ実感がわきませんでした。


夜はいつものように、私の横でいつものベッドで並んで寝かせました。

やっと楽になれたんだねとホッとする気持ちと、明日からはもうRには会えないんだと思うと寂しさが夜になるとどーんと襲ってきたのです。


家族の前では、冷静だったのに、布団に入ると涙があふれてとまりませんでした。     


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次第に弱っていくR。


静かに寝ている毎日。オムツを換える時がとても愛おしく、「おしっこが出たね。今換えるからね。」と声をかけながらRに触れます。

身体はすっかり骨ばっていて、そっと扱わないと壊れそうです。

Rの顔を見ると、頬が膨らんだりしぼんだりしている事に気が付きました。

これは頬呼吸と言って、呼吸困難の状態だと、ネットに書いてありました。

人間でいえば、危篤の時に顎を動かして呼吸するのと同じ状況らしいです。

危篤なのだとは思いましたが、Rは静かに寝ている様に見えるので、とても苦しそうには感じられないのです。意識は無いのか動けないだけなのか。

あとどの位、生きていられるのだろう。心臓の音は意外に強いのです。

心臓だけが元気で、他はもうダメなのかと思いました。それでもまだ、大丈夫な気がしていました。

家族には、いつお別れが来るかわからないと話し、皆で話しかけました。


感謝の言葉や、労う言葉ばかりが出てきました。本当にそれしかありません。


「もう大丈夫だよ。家族の事をいつも心配してくれていたね。お疲れさま。有難う。」と皆が声を何度もかけました。


翌日、午前10時過ぎの事です。


いつもの様に、心臓の音を聞きました。するといつもより鼓動が弱くなっていました。


いつもはいない子どもが、その日はたまたま休みで家におり、Rが危ないかもと伝えましたが、まさかと言う反応です。でも、なるべくRの傍に入る様にしていました。


鼓動が弱くても、まだ動いているのだから大丈夫と思っていました。そう思いたかったという事でしょうか。


Rが、ムズムズと動きました。あ、おしっこしたなと思い、オムツを換える準備をしました。

その時、Rが、手足を伸ばして大きく伸びをしたのです。気持ちよさそうに。


それを見て、「あれ?伸びをする力があるんだ。今日は気分がいいのかな。」なんて一瞬思ってしまいました。そして「今日は気分がいいのかな?」と話しかけながら、オムツを換えました。

オムツを換える時、いつもと違いました。Rの身体に力が入っていません。いつもならピンとしている身体がだらんとしています。

ここで思い出しました。誰かのブログで、ペットが亡くなる時、のびをしたと書いてあった事を。






Rの目は完全にダメになっていました。

瞼を閉じる事もできず、あいたままで、眼球は乾いてしまいました。痛々しくて、何とかできないものかと、ネットで犬の目薬を注文する位しかできませんでした。


病院に連れていくなんて絶対にしたくない。こんな状態で何ができるのか。


ストレスになるだけの注射、入院させて独りぼっちにする?病院で急変したら?絶対後悔すると思いました。
入院中に急変して慌てて迎えにいったら、亡くなっていた、最期を見てないので納得できない。入院させなきゃよかったと後悔される方も多い様です。


治る見込みがあるのならばそれも良いですが、もうここまできたら家で静かに過ごさせてあげたい。

そう決めていました。
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Rの心臓はしっかり鼓動を打っていました。食べ物は受け付けず、水分だけをとるだけですが。


無意識に口を動かしているのか、意識はあるが動けないのか、一日中横になったままです。


苦しかったり、痛かったりするのかもしれませんが、表情にも呼吸にも声にもだしません。


そんな時、Rの横で、子どもがギターを弾きました。Rの前でよく弾いていた曲です。

その曲を聴くと、いつもRは子どもの前に来て、気持ちよさそうに寝ていました。きっとこの音色とメロディが好きなんだねと話していたのです。

もう聴こえていないかなと思いながら、ギターを弾くと、Rが反応しました。顔を少しだけギターの方に向けたのです。

「ああ、聴こえているんだ。きっと喜んでるね。良かった。」と私たちは救われました。


嬉しいけれど悲しさはつのります。


まだ、五感が残っているかもしれないなら、今のうちにRの喜ぶ事をしてあげたいと思いました。


庭は金木犀が満開で、甘い香りで一杯でした。


私はRをベッドごとしっかり抱き上げ、庭に出ました。
金木犀の木の下に立ち、「いい香りだね。」とRに声をかけました。

反応は無かったのですが、きっと何かは通じたかなと思います。

今では、この光景が忘れられない思い出になっています。この時、最後にRと心を通わせられたと確かに感じられたのです。


身体の中は、もうダメになっていると感じられました。

心臓は強かったので意識朦朧ではありますが、しっかり生きているという日が続いていました。

Rの体内から発する異様な臭いと閉じない目、痩せこけた身体を見ていると、早く楽になってほしいと思う事もありました。
それは永遠の別れが早くなる事です。別れたくないのに、楽にしてあげたい気持ちとの葛藤が続いていました。

自分の信念は、”自然に任せよう、人間の都合でいじりまわして余計なストレスと負担をかける事なく、なるべくやすやかに最期を迎えさせたい”というものでした。
最後にかかった病院も似た様な考えであったのが幸いでした。

これで良いのかなと思う事もありましたが、自分がしてやれる事には限界があり、後は最期を看取る事ができればよいなと思っていました。

一日中、ついてやりたくても、買い物に出ないといけませんし、用事もあります。


ちょうどこの時、勤めていた会社が倒産し、しばらくは私は仕事に行かずにすみました。仕事よりRの事が優先で、ちょうど良かったと喜んでいました。

昼間、家族が外出時は、Rは家で1人です。留守中に1人で旅立ったらどうしようと気が気ではなく、いつも早めに用事を済ませ、急いで帰っていました。


毎日が悲しさと重苦しい気持ちでしたが、「まだRは頑張って生きている。悲しむのはおかしい。」と自分に言い聞かせていました。





Rの容体が悪化してきた事を再確認した出来事がいくつかあります。

一つは、来客時です。


Rは、普段はおとなしく、人に良く懐いた犬でした。でも、初めて会った人、特に宅配便や工事の人に対しては用心深い態度をとりました。番犬としてしっかり守らないと!と思っているかの様に。


電気工事の人が、来られる時などは、迷惑にならないように、ハウスに入れたり、別の部屋にRを入れていました。

朝、なかなか起きなくなったR。工事の人が来た時、どうするかなと思っていました。ついこの前までは気配を感じると起き上がり、走って玄関に行き、吠えていました。

この時は、全く目も開けず、寝ていました。音が聞こえないのか、反応する元気も無かった様でした。

近くに行くと、ゆっくり寝息を立てて寝ています。

すぐそばで、知らない人の声、工事の音がしているのに反応しないなんて…。


そこまで弱ったのかと悲しくなりました。


もう一つは、トイレです。


部屋でしていいんだよと声をかけますが、Rはどうしても外でしたいと出たがります。


自分では外に降りる力も無く、じっと座り込むR.

抱っこして外に降ろします。するとよろよろと2~3歩歩いた後、その場に座り込み、大量の尿と便を出しました。R自身はまるで「どうして僕はこんなになったのだろう。情けないよ。」と思っているかのようでした。


いつもなら、さっさと部屋に上がろうと小走りに上がり口に来ます。

そして前足でガリガリとガラス戸をこすり、上がるよと合図をします。


戸をあけるとチョコンと上がり、足を拭いてもらうまで足ふきマットの上にいます。


でも、この日は、もう上がり口までも歩く力も、その場を立ち上がる力も無かったのです。


尿と便で汚れても動けないRは、悲しそうに見えました。

「いいんだよ。大丈夫だよ。身体を洗おうね。」と声をかけながら、そっと抱き上げシャワーをしてあげました。痩せ細った身体が痛々しく、悲しさが襲いましたが堪えました。Rに伝わらないように。


その時が、最後のトイレとなりました。
そして、便が出たのもそれが最後でした。大量に出たのは最期が近づいていたからと思います。
その日以降、一気に衰弱していきました。

もう自力でトイレに行けなくなったRは、この日からおむつになりました。

動く事もなく、ただ寝ているだけ。


尿がでる時は、ムズムズと動くのでその都度オムツを変えます。


何か食べてもらおうと、栄養分の入った犬用のドリンクや、柔らかくした牛肉など、口元に持っていくと無意識にも食べてくれます。水分は、病院でもらった注射器を使います。

口にそーっと入れてやるとごくごく飲みます。


ある日、目を気にするそぶりをした後、目があいたままになってしまいました。


ドライアイになってしまうので、犬の目薬をしたり、薄い布を目元にかけたりしましたが、脱水状態なのか、顔までしぼんだようになってきました。


そうして、鼻からズルズルと体液がでてくるように。


その臭いが強く、もう身体はダメになっているのが感じられました。


おもちゃですが、聴診器を毎日あて、Rの心臓の音を聞いていました。おもちゃでもいいので、聴診器はあると便利です。


身体はぼろぼろであろうのに、心臓の鼓動はしっかりしています。呼吸も穏やかです。

苦しそうにしていない事が、救いでした。R自身は苦しかったのでしょうが、見た目は全く穏やかでした。

薬をのますのをやめてから次第に元気になってきたR。


ぐったりして水も受け付けなかったのに、ごくごく飲みだし、ご飯も食べる様になりました。


薬が完全に身体から抜けた後は、嘘の様に復活しました。


でも、病気は治った訳ではありません。それでも、Rの生命力には驚きました。


当時、桜が咲き始めた頃でした。「Rに桜を見せてあげよう」と思い、近くの桜並木にRを連れてお花見に行きました。


散歩以外で外出したのは久しぶり。


公園で風を感じ、桜の香りと花びらに包まれて、Rは楽しそうでした。


その日から、益々食欲がでてきたR。以前の下痢や腹水もありません。


本当に末期だったのかなと感じるほどでした。


でも、シャワーをすると、痩せこけているのがわかりました。顔も細くなっています。


薬もやめて、このまま自然にゆっくりと過ごせたらいいけどなと祈る日々。



春が過ぎ、夏になると、再び腹水が溜まってきました。痩せていましたが、毛と腹水であまり目立ちません。


番犬の仕事もちゃんとやっていて、知らない人が来れば吠えます。玄関まで走っていきます。


まだ元気だぞと言っている様に見えました。


手作りのご飯に飽きたのか、好き嫌いをする様になってきました。


たまに牛肉の脂分を落としたものをあげたり、脂肪分の少ない市販のレトルトのおじや風のフードもあげてみたりします。

ここまでくると、食べるものは何でもあげようと、おやつでも何でもとにかく食べてほしいと思うようになりました。

犬にとっての1日は、人間より老化のスピードが速い訳で、毎日を必死で生きているRに、好きなものを食べてもらい、ストレスの無い生活をしてほしいと願っていました。


最初に病気がわかって、余命宣告されてから10か月が過ぎていました。


良くなったり、悪くなったりを繰り返しながらも、苦しむ様子は見せず、静かにゆっくりと弱って行く様でした。

秋には13歳の誕生日がきました。誕生日まで生きててほしいと願っていた我々家族にとって、本当にうれしい事でした。

誕生日が過ぎた後、益々食欲が無くなり、動きもゆっくりになってきました。水は良く飲んでいます。


トイレは外でしたがるのですが、階段をトントンと降りていく事が負担になっていた為、楽に降りれるように、段差を浅くしてあげたりもしました。

時に降りる力が無く、その場にじっと座り込む事が増え、抱っこしてそっと外に出してあげる様になりました。腹水のせいで、またトイレが近くなっていました。

無理に外でしなくてもいいように、室内トイレを外にでる出口の場所に置いておきます。力が無い、間に合わない時は、そこで用を足す様になり、少しほっとしたものです。

Rにとっては、外で出来なくなった事を悔しく思っている様な、室内でトイレをするなんてダメな事だと思っているのではないかと感じるのです。犬のプライドというか、R自身が「こんな風になって情けない」と思っている気がしました。


トイレに間に合わない事が増え、下痢の回数も再び増えてきました。マットを汚す事も多くなり、毎日新聞紙を床に敷き詰めたり、マットを洗う日々。これが飼い主のやるべき責任であり仕事です。


誰も文句なんかいいません。人間と同じです。誰でも最後はこうなるのです。


誕生日から1か月後、朝は早く起きてきていたのが、起きてこず、寝てばかりいる日が増えてきました。



 Rがリンパ管拡張症だと診断された時、「下痢が続くからと普通の下痢の治療をしたらダメなんですよ。逆効果になります。」と言われました。

無理に腹水を抜くのもだめだとの事。
腹水には栄養が入っていて、抜いてしまうと弱ってしまう事があるそうです。

むやみに処置をしないのはそういう事もあっての事でしょう。色々やれるだけは手をうってほしいという飼い主には、何もしてくれない無責任な医師に思えるかもしれない。

私には、合っていた。Rにも合っていたと思います。手術をした医師よりは。

実は、Rの血液検査の結果は、最悪でした。


3回目に通院した時、「肝臓にも腫瘍があるみたいですね。残念ですが…覚悟した方がいいでしょう。」と言われたのです。

腹水が溜まる事自体が、そういう事…。

もう完治する事もないだろうし、老犬で、治療がストレスになるなら、このまま薬で、苦しまない様に、一日でも長く安らかに過ごせる様にしてあげましょうと医師と話して決めました。
涙が止まらず、Rを抱きしめて泣くしかなかったのです。

おそらく、手術をしたあの医師なら、Rを奥の検査室に連れて行き、あれこれ検査をし、また手術を勧めたかもしれません。

Rの安らかな最期の迎え方に対する私の考えに寄り添ってくれた医師に感謝をしました。


そして、本当に覚悟を決めるほどの病気なのかな?と思う位、Rは一時的に元気になりました。


最初に病院に行ってから3か月間は、すっかり回復したかの様でした。


脂肪分の少ないササミと野菜などを煮込んだご飯を中心に作り、1日でも長く楽しく生きて欲しいと祈る日々。
Rのご飯を作る時、台所に来て私の横にちょこんとすわり、ご飯を待っているR。

食べる事に意欲が出てきた事が一番嬉しかったのです。


が、それもある日突然に変化してしまいます。IMG_1396



Rがぐったりして横になったまま動かなくなったのです。

意識はしっかりしており、呼吸も普通。苦しそうでもなく、目も穏やか。苦しい時は、目が悲し気になり、おびえるのでわかります。

この時は、苦しいというより、身体がだるくて動けないのではと思いました。


何かおかしい、病気が悪化したにしては急すぎるし、他に原因があるのではないかと感じました。



それまで気にかかっていた事が一つありました。薬です。


心臓は元気なのに、なぜ心臓の薬を飲ませるのだろうという事。


おそらく、もう長く生きられないので、心臓も弱ってくるはずだから、少しでも動かそうという事でしょうが、最近の元気さは、薬の効果ではなく、R自身の元々の心臓の強さで元気なのではないか?


ならば、まだこの薬は必要ないし、むしろ負担になっているのではないかと気が付きました。あくまで私の思いであり、正しいかどうかはわかりません。
病院では、薬を減らしていました。ステロイドもやめて、心臓と、すぐに溜まってくる腹水を出しやすくする薬?だけになっていました。


なので、むやみに薬を沢山飲ませている訳ではなかったのですが。

ここで、薬を飲ませるのをやめてみました。


すると、3日後には、Rは復活したのです。やはり、薬が負担だったのだろうと自己判断ですが納得しました。

でている薬は、病気の治療薬ではありません。飲ませなくても、病気は進行するのです。

Rが苦しむ事だけは少しでも避けたいと思っての判断でした。

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