Mamaの呟き

        日々の困った事、疑問に思った事を初め、趣味、子育てやペットの介護体験談など色々と呟きます。

カテゴリ: 健康

産後5日ほどたった頃、子宮の回復状態をチェックされました。

お腹をさわった医師が、「うーん、何か位置が下がってない気がするけど、ま、いいか。元々こうなのだろう」と呟いています。

まいいかは酷いなあと不安になりました。

退院前にもう一度、しっかり診察もあるし、何か異常があればその時にわかるだろうと考えました。
母乳をやるのが痛くて苦痛で、乳腺炎を心配していたので、自覚症状の無いお腹の方は気にしていませんでした。

退院当日の朝、診察室で内診があります。それで異常なしなら退院。
内診をした時、医師が「お産の残りが中にあるので、これから取ります」と軽く言いました。

すぐにささっと終わるのだろうと、簡単に思ったのですが、これがとんでもない事でした。

いきなり、がっと金属の棒(鉗子?)を押し込み、かき回し始めました。おそらく子宮内に残ったゴミを掴んではだし掴んではだしを繰り返していた様です。

痛くて思わずのけぞりました。麻酔をするんじゃないの?これって手術じゃないの?お産より痛いじゃないか。何やってんだと腹がたちました。

そして、「はい、終わりました。もう帰っていいです。」とだけ言われ、そのまま退院することに。

その時、何の注意も説明もなく、薬もなく、簡単な事のような扱いでした。なので私も母も普通に動いていいのだろうと思ったのです。

処置後の痛みは強く、病院から少し歩いただけで気分が悪くなりそうでした。無知な母は、医師があんなに軽い感じで言って、帰したのだから大丈夫と思っているようで、私が痛いと言っても、平然と歩かせます。

その後、悪露が減ってきて、止まったら完全に回復です。

だいたい産後1カ月検診の時には、回復が実感できたような気がします。

もうすぐ1カ月になろうとしていた時、出血が起きました。どんどん量が増えて行きました。

検診で医師に告げると「子宮の回復が遅い」と言われ、薬を出されそれで次第に治まっていったのです。


その後、実家から遠い自宅に戻りました。
出産から初めての子育ては不安な上に、肉体的疲労がとれないままです。産後鬱になる可能性は誰でもあると心から感じました。

産後1年ほど後だったでしょうか。記憶が曖昧です。

夜寝ていると、キリキリとナイフで切られる様な腹痛で目が覚めました。

それが、先日書いた事が原因だったのです。


今思えばあの時の手抜きの処置は酷かったと思います。

処置後、抗生物質や痛み止めをだすこともなく、何の注意もなく、そのまま退院させたのですから。

ひっかきまわしたわけですから、その後、感染する恐れはあったと思います。実際していた様ですから。しかもひきつれを起こして、その発作的な痛みに恐怖をもったまま生活する事になったのですから。

出産は、命がけです。何かちょっとしたことで一生苦しむ事も起こりえます。

もっと新米ママに周りの人は優しくしてあげてほしい。

身体もきついし、赤ちゃんのお世話も不安で大変。泣きそうになる。

それが母親だから頑張れとか当たり前とか、そんな事言わずに、助けてあげてほしいものです。


もうかなり昔のお話なので、記憶が曖昧で、間違いもあるかもしれませんが、出産は軽くみてはいけないと言う事だけは確かです。




出産後、くたくたの身体を休めることはできませんでした。

病室の目の前が分娩室。廊下はいつも灯りがついており、いつもバタバタと看護師が走る音がします。

部屋の窓がガラスでカーテンも無いので、夜は音と光で眠れないのです。

昼は看護師の出入り、赤ちゃんを連れて来て、母乳が出る様に定期的におっぱいをくわえさせます。

母乳のホルモンが出始めるのは、3日目くらいからです。

その前に、母乳マッサージをされましたが、乱暴で痛すぎでした。肌は真っ赤になり、傷ついてしまいましたが、気にもされず、毎日激痛に我慢しながら無理やりマッサージをされました。
そのまま赤ちゃんに加えさせる為、ものすごく痛いのです。
痛みと傷で、母乳を与えるのが苦痛になり、精神的な影響で母乳の出も悪くなるのです。

それでも、看護師さんは何もしません。
胸が張って、腫れてくると「乳腺炎になったら処置します」と言うだけで、防ぐ事はアドバイスもなく「母親なんだから耐えて当たり前」みたく、ひどいものでした。


この病院は、ここしか無いので混んでいて、サービスする意識も無かったのでしょう。

2人目の時の病院は、肌が赤くなるのを見たら、即、マッサージをやめてくれました。それに産後3日間は、疲れをとる様にぐっすり眠らせてくれました。
赤ちゃんの世話は3日間させず、4日目から母乳の練習でした。
マッサージなんてしなくても、たっぷり出ました。
お母さんは、出産で長い時間苦しみ、体力を消耗した後、すぐに赤ちゃんに母乳をやるよう病院によっては厳しく指導されるのです。

全然休めなくなるのです。
産後鬱は、こういう心身の疲労も原因になる気がします。産んだ途端に、お母さんなんだからと周りが急に厳しくなるのも問題です。


1人目の時は、何から何まで悲惨でした。

出産の時、遅刻してきた年配の助産婦さん、お昼の母乳の時間に赤ちゃんを連れてきました。
「はい、どうぞ」と差し出す赤ちゃんの顔が違いました。

え?なぜ他のお子さんを?と思い、戸惑っていると「何してんの、早く抱っこしなさいよ」と怒る助産婦さん。

「この子を抱っこするのですか?うちの子じゃないのに?」と言うと
はあ?と言ってから、名札を見て慌てて交換しに行きました。

こうやって取り違えられるのか、と思いました。新生児は同じ顔に見えるかもしれませんが、我が子は一度見れば、忘れません。

もし、これが産んだ直後なら、間違えて連れてこられても気がないでしょう。ぞっとします。

これだけでなく、その後、医師のずさんな処置が行われることになるのです。

続き

1人目を出産してから4年後に2人目を出産しました。

医師が言われた通り、あの症状から解放されました。子宮内の細胞が出産ではがれ、再生されたのでしょうか。運が良かったと思います。

もし2人目ができなかったり、何かの理由で産めなかったりしていたら、一生苦しんで生きていたことでしょう。
予期不安に付きまとわれ、精神もバランスを崩していたと思います。

それにしても、痛みの原因は、医師の処置が良くなかったようです。

ですから、2人目は別の病院で出産しました。

1人目の処置ミスとはどういうものだったのか、記憶をたどり説明したいと思います。


実家に帰省しての出産でした。
病院は母が決めていました。田舎なので産婦人科が少なく、一番人気のあるところにしていました。

いつも混雑しており、1人しかいない医師は多忙な状態。

私が産気ついたのは運悪く日曜日でした。2月の寒い日でした。

病院にいくと、病室に通され、陣痛に耐えて過ごします。
陣痛が強くなると、診察室に連れて行かれるのですが、暖房がついてないのです。お休みで。

薄い病衣を着せられて、寒くて震えていましたが、急に冷えたせいで陣痛が強くなりました。
電気もついていない診察室に1人寝かされたまま放置されました。

陣痛が強くなり、苦しんでいると、見習い風の看護師さんが来て慌てて私を分娩室に連れて行くのです。階段を下りたり、上がったりをさせられました。

陣痛室に寝ているとやっと医師が来ました。
そして診察して、「なあんだ、まだじゃないか」と怒っています。そして隣の自宅に帰宅してしまいました。

そしてまた部屋の移動をさせられました。

暫くして、破水しました。母が連絡し、また見習いの看護師さんが不安気に私を陣痛室に連れて行きます。そしてまた放置。

もう1人、看護師さんが来て2人で「どうしよう」と話しているのです。そして私に「本当に破水したのですか」と聞いてきました。
聞いても、何をするでもなくただ2人で不安そうに見ているだけ。

陣痛に苦しみながら、おいおい、何言ってんのと心の中で思っていました。

陣痛は進んでいきます。もうやばいという段階になっても、放置されていました。

自分で呼吸を整えていましたが、いきみたくなってきました。もしかしてこの何もできそうにない見習い看護師さんだけでやるの?ありえないよね。と思いました。

医師に連絡してもなかなか来ない様でした。休日だから安みたかったのでしょうか。
一度帰宅して寝ていたのでしょうか。

いきみだしたら、医師がやっときました。

髪はぼさぼさ、寝ぼけた顔に見えました。医師の指示でそこからはてきぱきと進み、無事出産しました。そこへ、助産師さんが走ってきました。
本来なら、看護師でなくこの人がいるべきだったのです。
「映画みていたのよ、お産はもう終わっちゃったの?間に合わなかったわね」と話しているのが聞こえました。私の処置もそこそこに、医師や看護師と映画の感想などを話しながらの作業でした。

いい加減にしろよという気持ちと、疲労でぼーっとしていました。

その後、この助産師はまた問題を起こします。          続きます。





だいぶ前の体験談をしたいと思います。

私が最初の出産をしてから1年ほど経った頃の体験です。

夜、突然下腹の激しい痛みで目が覚めました。腸がねじれている様なそれまで味わった事の無い痛みでした。突然です。

トイレに行きましたが、何もでません。お腹が張ってきて、痛みが強くなり、そのまま気を失ってしまいました。痛みに耐えられなくなったせいなのか、貧血だったのかわかりませんが、気が付くとトイレに横たわっていました。

どれ位、意識が無かったのかはわかりませんが、長くはなかったと思います。

痛みは弱くなっていたので、布団に戻り、身体を温めているとまた眠ってしまいました。


朝起きて、あれは何だったのだろうかと不思議になりました。

感じとしては、腸が一時的にねじれて、腸閉塞の様になり、何かのはずみでねじれがとれた様な感じです。

でも、何か悪い病気かもしれないしと近所の内科に行きました。

特に胃腸に異常はないと言われました。気を失ったという事を気にされて、脳の病気ではないかと思われた様で、脳外科を紹介されたのです。

脳外科も異常なし。

内科はたいした検査もせず、いきなり脳を調べるとかは違和感感じましたし、お腹なのでもっと先に考えられる部位もあるのではと私自身は納得がいきませんでした。
気を失うほどの痛みなんて、よっぽどの事だと思ったのです。

突然襲ってくるので、いつどこでまた起こるかわからない、赤ん坊を連れて買い物中とかに痛くなったらどうしようと思ったら、不安で外出が怖くなりました。


精神的に追い詰められる感じになってきたのです。予期不安というものですね。

原因を知りたい、と思っていたところ、生理前になると、以前は痛くなかったのに下腹部がキリキリと痛くなる事に気がつきました。

次は産婦人科に行ってみました。すると原因がわかりました。

出産した病院での産後の処置が悪かった様で、子宮にお産の残骸が残っており、それが腐敗し感染した後の傷跡があると言われました。

ケロイドになっているから、子宮が収縮すると痛いはずですよね。

当時、こう言われました。「昔からこれは血の道と言って、産後の処置が悪かった場合、体調不良をかかえて生きていかねばならないのですよ。でも、薬があるから、少しでも痛いなと思ったらそれを飲んでくださいね」

個人の小さい産婦人科でした。その前に大学病院にも行ったのに、異常なしと言われていました。

「唯一、治す方法があります。それは出産すること。子宮内が全て生まれ変わるから」とも言われました。運が良かったのは、その時まだ若く、もう一人、出産する事ができた事でした。


                            続く



続きです。


結局、病院に行かずして、回復してきました。

薬で何とか乗り切るという気の張りと、早寝早起きで免疫力が強くなったのかなと勝手に想像します。


一番症状が酷かった時は、生活のリズムが崩れていました。


副鼻腔炎が治まった後の咳、おそらく後鼻漏でしょう、夜の咳が聞こえてこちらまで目がさめるほどでした。

それを観察していると面白い事に気が付きました。


毎晩同じ頃に同じ時間(30分ほど)咳をし、その後ぴたっと止まり朝まで熟睡するのです。


調べてみると、自立神経の関係かもと思います。咳は副交感神経の働きででるそうです。

睡眠中、交感神経から副交感神経にきりかわると、のどについた鼻水を感知し、咳が出始めるらしいのです。

喘息はそうはいきません。

上の子が幼児期、喘息持ちでした。今は成人してすっかりたくましくなっていますが、発作がおきる度、その小さい身体で苦しそうにしているのは親として辛かったです。


喘息だと知るまでは、病院では、普通の咳止めをだされました。が、咳止めは喘息には効果はありません。

痰がからむ喘息の様な咳には、「気管を広げる」「痰を出す」効果のある薬でなければいけないのです。国立病院の新薬を試されたり、夜中に何回も病院に連れていったこともあります。


今の副鼻腔炎の咳が、喘息へと移行しなければ良いがと、気をつけています。

大人になってからの喘息は治りにくいと聞きますから怖いです。呼吸困難の様子は周りにいる人も慌てます。

薬局で色々見ていると、最近は病院と同じ薬を市販するようになりました。


咳止めの中に、病院と同じ薬として、「気管を広げ、痰をだしやすくする」咳止めもありました。

早速買って帰りました。これも効果があり、咳が治まってきました。


副鼻腔炎の市販薬も、病院でだされる漢方薬と同じだそうで、ただし、市販の方が半分の量なのだそうです。


結局、ひどくなってから薬で誤魔化すのではなく、初期のうちに病院にいくのが絶対早く回復し、軽くすむという事になりますね。



先日、子ども(と言ってももう大きい)の鼻炎について書きました。

市販の薬で落ち着いたかと思ったら、次は咳がひどくなりました。

鼻炎のせいで(副鼻腔炎)鼻水がのどに流れる為、刺激されるのだと思います。

鼻が治らないことには咳も悪化する一方です。

特に夜は、寝られず睡眠が妨げられきつそうです。


病院に行きたいとは言うのですが、タイミング悪くどうしても休めない用事があり、それを済ませてから行くと言うのです。
それまでは、何とか薬で治まれば良いのですが。

薬を飲むと眠くなったり、色んな副作用がでる場合があります。鼻炎の薬は眠くなる事が多いので注意が必要です。

副鼻腔炎の薬を飲むと、症状は治まったのですが、眠気が強すぎて一日ぼーっとしていたそうです。前日の夜に飲んだものが翌日までずっと残っていて、顔つきまで変わるほどだったようです。

説明書には「眠くならない」と書いてありますが、人によってはあてはまらないどころか、強い眠気が長く続く事もあるようですね。気をつけたいものです。


せき止めは、最近は病院と同じ成分の市販薬があります。


せきを止めると言っても、原因や症状によって種類が違うので、気をつけた方が良いと思います。

というのは、自分には苦い経験があるからです。   続く





私ではなくて、子どもの話ですが、小さい時からアレルギー体質で、鼻炎によくなっていました。
鼻血を良く出していましたし、耳鼻科通いは毎年の行事みたいでした。


成長するにつれ、毎年鼻炎にはなりますが、病院にいくほどでもなく自然治癒する程度になりました。

ところが、今年は花粉の量が半端ないらしく、アレルギー症状が強くでています。


車の汚れを見て、空気の汚染を感じます。
花粉だけでなく、排気ガスやPM2、5,黄砂も混じっているのでしょうか。


外出時はマスクをしますが、追いつかないと子どもが言います。


成長して体力がついていた子どもも、今年は酷い様です。副鼻腔炎になりました。

市販の副鼻腔炎の薬を飲んで、良くなりましたが、しつこい咳が出始めて困っています。


おそらく喉を鼻汁が流れる事によるのどの炎症だと思います。
同じ様な事はこれまでも何度もあり、病院に行くたび、そう言われました。鼻炎の後に、喉に来て終わるのです。アレルギーの薬をいつもだされていました。


咳以外に症状が無く、ゼロゼロの音もしないので、咳止めではなく、アレルギーの薬(鼻炎用など)で様子を見ています。

もし、なかなか治らないとか悪化してきたら病院に行く様に勧めるつもりです。
(子どもさんなどの場合は、個人判断でなく病院にいかれた方が良いし、早く治まると思います。)

風邪では無くても、人前で咳をしたら迷惑ですからね。早く落ち着いてほしいものです。




家族の不調~すこしずつ回復してきました   続き

〇ストレスの原因が何かを自己分析してみる。

最初、本人は「ストレスなんか無い」と言っていました。

誰でも自分がストレスに弱いと認めたくないところもあるでしょう。

家族が、普段の会話で、何が問題なのかを探る手伝いをしてみてはどうでしょう。

最近よく愚痴っている事、何かをしなくてはいけない時にため息をついたり、嫌そうな顔をしているとか、観察すると、問題が見えてきます。

特に体調が悪そうな日はどんな予定があったかも記録すると良いかもしれません。


ふとこぼす愚痴や不満に原因がある事が多いと思います。

とにかく聞いてあげて、変に指導したりせず、一緒に解決法を考えてあげると良いでしょう。

解決が難しいから体調を崩すまでのストレスになる訳です。そんな時は、1人で抱え込まず、話せる相手にどんどん話して発散する様にします。

それだけで、本人は「これが原因だったのか。」と気がつき、悪い病気ではなかったと思うだけで安心すると思います。
原因を意識して、少しでも問題から回避できる様に考えて行動するだけで違ってきます。

うちの場合、そこまできたら、みるみる回復してきました。

周りの人に話して、共感してもらった事も楽になったと言ってました。



〇軽く運動をしたり、好きな趣味をしたりして気を紛らす。

うちの場合、運動不足気味でした。
そこへ長引く下痢で、筋肉も落ちていき、痩せ細ってしまいました。貧血を起こしたり、トイレで倒れそうになった事もあったようです。


涼しい日の早朝に自転車に乗ったり、仲間とカラオケに言ったりして、発散する日を作っていました。

そして、自分が今溜めている不満や愚痴を聞いてもらったそうです。

共感してもらえる様になってから、食欲が出てきて、少しずつ回復してきました。

自分だけとか、誰もわかってくれないと決めつけてしまいがちでしたが、いざ話してみるとそんな事はなく、他にも同じ様に思う人がいたと気が付いた事は、何よりも良い薬になったと思います。


まだ、完全に元の状態には戻っていませんが、この調子でいけば、大丈夫だと思います。

あくまで我が家の場合ですが、同じ悩みを持つ方へ、少しでも参考になれば幸いです。


家族のお腹の調子はゆっくりと回復してきました。


調子が崩れてから約2か月経ちました。最初は何か悪い物でも食べたのだろうと思い、すぐに治ると話していました。


食欲が無くなり、無理に食べてもすぐに腹痛と下痢。薬もなかなか効きませんでした。

病院に行っても、特に悪いところは無さそうで、ストレスが原因だろうという事になりました。


最近は、薬は必要なくなり、下痢も治まってきた様子。食事も普通に食べる様になりました。

一時期は、この暑さと脱水でフラフラしたり、体重も落ち、顔がやつれてきて、心配でした。

ここまでどうやって過ごしてきたか、体調を良くする為にやってきた事をまとめてみたいと思います。

あくまでも、我が家の場合で、自己流です。全ての人にあてはまる訳ではありませんのでご了承下さい。
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        目次<自己流~お腹を治す為に意識してやった事>

   〇水分をまめにとる。
  〇朝食は必ず食べる。
  〇食欲が無い時は、昼を軽くし、夕飯を早めに食べる。
  〇睡眠不足に気をつける。
  〇ストレスの原因が何かを自己分析してみる。
  〇軽く運動をしたり、好きな趣味をしたりして気を紛らす。


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〇水分をまめにとる

市販の水が飲みやすいと、外ではお茶よりお水を飲んでいました。塩分はタブレットで補給
下痢が治まってきたら、外出先では飲みたいと思う飲み物(お腹を壊さないもの、人工甘味料不使用、甘すぎないもの)を飲んでいました。甘すぎない炭酸もすっきりした様です。家では麦茶を飲んでいました。

〇朝食は必ず食べる。

朝は、あまり食べられないのですが、鳥肉や野菜、卵を入れた雑炊や、塩味のおかゆなどは、食べやすく、水分、塩分も摂取できます。
味噌汁もとても良いので、朝から食べさせました。
夕食に、具沢山のお吸い物を作り、翌朝それにご飯と卵を入れて雑炊にすれば簡単です。


〇食欲が無い時は、昼を軽くし、夕飯を早めに食べる。

朝食べていくせいか、昼は食欲がなさそうでした。
無理して食べても胃腸に負担をかけるので、ウィダーインゼリーや、カロリーメイトから始めました。
下痢が落ち着いてきたら、食べたい物を食べる様に段々と増やして行きました。

今はパンケーキとか蒸しパン系、おにぎりも一個なら食べられるとの事。
ちょっと前までは、パンすら食べられず、食べてもすぐに腹痛がしていた様でした。

最近は、夕飯は普通に食べられる様になりました。あえて昼を無理に食べず、お腹を空かしておくと食欲がでてきて良いのかもしれません。

夜遅く食べると、翌朝まで残る感じがすると言うので、なるべく早めに夕飯は食べる様にし、朝食を摂りやすくしました。

〇睡眠不足に気を付ける。

睡眠不足は抵抗力が弱っている時は特に気を付けた方が良いと思います。
身体も心も疲労をとる事が最優先ですから。
許されるなら、少しの昼寝も良さそうですね。

                          続きは次回に・・・

うちの家族が、一か月以上経っても下痢と食欲不振の症状が改善せず、10日分の薬も無くなった後、しばらく様子を見ていましたが、改善しないので、再び病院に行ってきました。


その時の様子を報告します。

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再度病院に行った結果

医師は、特に病名を言う訳ではなく、お腹を触診して
「まだ腸が調子悪いね。薬をだすから飲み続けてね」と、前回と同じ薬を20日分だされました。

うちの家族が「気をつける食べ物とかありますか。」と聞いたところ

どんどん食べなさい。脂っこい物はちょっと控えめでいいけど、意識せず、むしろ食べた方がいいよ。」と言われたそうです。
そして、前回と同じ様に

あまり物事を気にしないで、気楽にいこうともアドバイスを頂いた様です。

結局、ストレス性の下痢なのだろうと判断されたのでしょう。


この医師には、子どもが小さい頃から良く診て頂いており、精神的な面からも考慮される名医だと思っています。我が家では家族全員が、長年お世話になっています。

私たちが色々言うより、信頼している医師から言われると言葉の重みが違うようです。




病名や原因をはっきり言わないのも、意識させない為のお医者さんの配慮だと思います。

下痢が続く事を意識する事が更に治りにくくする原因になるのでしょう。


それまで、腹痛と下痢の悪化を恐れて、食べる事が怖くなり、そのせいで食欲も無くなっていたようです。


どんどん食べなさい。」

と言われてから、食べ物のせいではないと安心したのか、何でも食べるように努力し始めました。


「おちた体重を元に戻したい、こけた頬を元に戻したい」と言いだし、少しづつ、食欲がでてきた様です。
柔らかいものばかりも、飽きてきたところでした。

でも、食後すぐの腹痛と下痢は、まだ続いています。
なので、完全に安心とはいきませんが。何とか早く治まってもらいたいものです。


薬と医師の言葉で、以前よりは表情も顔色も明るくなりました。


精神的な物って大きいですね。

若いうちはこれで様子を見ても気にならないですが、熟年、老年となると、悪い病気ではないかと不安になりますよね。


この家族の長引く下痢のおかげで、自分の身体の事を考える様になり、規則正しい生活リズムと食生活を意識する事が出来ました。

また、途中経過を随時書いていく事にします。

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