Mama Club

日常の困った事、疑問に思った事や色んな体験談を呟きます。ペットロス中です。

2019年08月

いやというほど、「熱中症に気を付けよう」「水分をとろう」「冷房を使おう」などなど、注意喚起にあふれている毎日。
自分も人との挨拶に、そんな言葉を使います。


先日、ツイッターである有名人が「まさか自分が熱中症になるなんて」という内容で体験談を書かれていました。


〇冷房のきいた部屋にいた。
〇水分もとっていた。塩分摂取にも気を付けていた。
〇数日後に異変が来た。
なのに、かかってしまった。

初期の熱中症の兆候はあったようです。
●めまい、立ちくらみ。
●太もも、ふくらはぎの筋肉痛や硬直
●大量の発汗
●眠気

暑さのせいだと思っていたそうです。水分もとり、涼しい部屋にいたから大丈夫と思っていたそうです。でも、犬の散歩の道がいつもより長くきついなと感じたとのこと。
まさか熱中症になりかけとは思っていないので、そのまま岩盤浴にいったそうです。

いつもより汗がでないなと思っていたそう。

帰宅後、頭痛が始まります。まだ熱中症だとは思っていません。

おかしいなと思い、頭を触るとものすごく熱くなっていたのです。

それから頭や首を冷やし、水分をとり、休んでなんとか落ち着いたそうですが、調べると熱中症の症状だったと気が付いたそうです。
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頭痛、吐き気、気分の不快感、倦怠感などがあれば、中度の熱中症です。


暑い外に長くいたこともなく、気を付けていたはずが、少しづつ症状が現れて頭痛で気が付いたとのことでした。
気をつけていても、熱中症になるなんて怖いですね。

でも、この異常な暑さです。
ちょっと冷房の効いていない部屋や物置に出入りするだけで、気分が悪くなります。

これを読んで、自分も気をつけていたつもりでした。
先日、家の中で片付けをしていて、涼しい部屋と暑い部屋を何回も行き来した時、水分をとりながら、休んではいたのですが、似た様な体験をしました。

作業が終わって、涼しい部屋で休んでいた時です。
突然、頭痛がしてきました。それがどんどん強くなり、気分まで悪くなってきたのです。

力が抜けて来たので、作業の疲れかなと思い、頭痛薬を飲みました。
その時、水を一緒に沢山飲みました。ごくごくと飲んでいると、とてもおいしく感じられ、すーっと頭痛が消えて行きました。


薬がきいたのかもしれませんが、きっと水分不足だったんだなと感じました。

脱水症状だったのかもしれません。自分が思うよりも汗を大量にかいていたのだと思います。
吐き気や力が抜ける感覚が恐怖に感じました。

涼しい部屋と暑い部屋の行き来は、体温調節機能も狂うことでしょう。

大したことはしていないし、家の中にいたから大丈夫、涼しい部屋で休んでいたから大丈夫と思う事は危険だと思いました。それほど、最近の気候は異常だということでしょう。


倒れる前に、「あれ、変だな」と思ったらすぐに水分を多めにとり、身体を冷やすことが大事だと思います。

緊急時は、ためらわずに救急車をよぶことも命を守る大事な方法だと思います。



やっとエアコンの工事が終わりました。

朝10時前から始まり、終わったのは12時すぎでした。


室外機の設置は終わっていたので、すぐに終わるかと思っていましたが意外に時間がかかりましたね。
それだけ丁寧にして頂いたということでしょう。

危険な暑さの中、工事関係の仕事の方は本当にお疲れさまです。そういう自分も数年前まで、夏は地獄の様な仕事をしていました。
今はもう体力的に自信がありません。
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工事中は、邪魔にならないようリビングに引っ込んでいましたが、いつ顔をだそうかと時々様子をみながら落ち着きませんでした。
涼しい部屋から、猛暑の場所に出たり入ったりするのはよくないですね。それでも、ずっと猛暑の中で働いているよりは天国なので文句は言えないです。

二階から、ドンドン、ガンガン、とか工具をガシャーンと投げる音が聞こえます。大丈夫かなと少し気になったり。例の雨どいが割れたりした件もあるので、うちはボロ屋なので、壊れやすいんだよ~と心で呟いたり、そんなこんなで、疲れました。

仕上がりは綺麗にこちらの希望通りにされていました。満足です。
と言っても、従来の物と同じ場所に入れ替えただけですが。他のエアコンは、短時間にささっと一日で出来たのに、なぜ、このエアコンだけこんなに手間がかかったんだろうなと不思議でした。

屋根に置くのは、大変なことなのでしょうね。

見積もり2回、工事2回、1カ月かかってやっと終わりました。
そもそも、販売店の工事業者が、あれもこれもできない、部品は全部変える、場所を変え配管を長くのばすと言い、工事の見積もりがどんどん高くなった事が始まりでした。

その時に言われた、「全て交換しないと使えない」と言われたカバーや金具などの部品は、結局全て使えました。

それだけで、2万ほど違います。長くのばさないとつけられないと言われた配管代も、これまで通りにすれば1メートル、のばすと7メートル、それもこれまで通りの1メートルでできました。これで、更に1万ほどが違いました。見た目も綺麗に仕上がっています。

請求書は後から送ってきますが、おそらく最初の業者に比べて良心的だろうと想像しています。
例え高くても、あの暑さの中、長い時間丁寧に作業してもらい、こちらの希望通りにして頂いたのですから納得です。

ただ、雨どいの件だけ残念でした。
欠けた部品をくっつけて貰いましたが、完全に元通りにはなりませんでした。

普段使わない部屋のエアコンを交換したわけですが、せっかくなので、この機会に模様換えをしお客さんが泊まれる部屋にしました。

何か工事を頼む時は、納得できない時は、別の業者さんに相談する事も大事だなと今回確信しました。





今日は、れいわ新選組の、ALSの舩後さんと重度障がいの木村さんが、初めて国会に登院する歴史に残る日です。

2人のお陰で、色々障がい者に対する法律の不備が見えてきました。

それに対して反論もでています。

松井知事などの意見に対して、山本太郎は、
「障碍者権利条約がある。法律よりも強いもの。それを守るべき。昭和のおっさんのメンタリティをいつまで引っ張ってくるんだ。という話です。」
「残念ながら、松井さんは、時代も変わったのに、アップデートされていない。~
会社の経営者ならそういう考え方になるのは仕方ないでしょう、でも政治は違います。政治家にむいていない方もいます。小さな政府の中にいると言えますね。自分はもっと大きな政府の中で考えていきたいのです」みたいな事などなど…

はっきり言ってくれる山本太郎。わかりやすく、すっきりします。
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彼の活動はずっと見てきました。1人で毅然と戦う姿、国会ではっきりと意見を言う姿、それは確かな資料を基に、堂々としていました。でも、小馬鹿にした対応でまともに答えない大臣たち。
ぐだぐだと話をそらして答えにならない総理。

彼の質問する場面はなるべく見るようにしてきました。

彼は孤独に見えました。誰か彼と一緒にやってくれと思っていました。
自由党と一緒に頑張っていたのは良かったと思います。
小沢さんや先輩達から学ぶ事も多かったことでしょう。

山本太郎は、毎日どこかの路上で必死に訴えていました。

選挙前だけ、立派な事を言いだす他の政治家とは違います。

選挙中の彼の活動は、いつものことと何も変わりません。

だから、誰かさんみたいに、人の書いた原稿をたどたどしく読む事もなく、自分の言葉で自分の知識と考えをいつでも、どこでも、どんな質問をされても、すぐによどみなく説明ができるのです。


ほとんどの議員が優雅に休みをとっている時、彼は毎年寒い公園で年を越すホームレスの方たちに炊き出しをしています。
古い動画を見ても、彼の行動は何も変わらず、全くぶれていません。

世間では、変人と思われていましたが、一番まともで常識的な人だと思います。
れいわ新選組を作って、多くの支持者を得て、やっと孤独ではなくなったと思います。

良かった。世間にわかってもらえた。そんな気持ちになります。

映画「新聞記者」にも描かれている様に、政権に立ち向かうことで、命の危険、いつ陥れられるかもわからない恐怖はないのでしょうか。命がけで政治を変えようとしてくれる太郎さんには感謝しかありません。

自分だっていつどうなるかわからない。いつ弱者になって誰かに助けを求めるかわからない。
そんな時、優しく手を差し伸べてくれる国であったらどんなにか幸せでしょう。
彼はきっとそんな国にしてくれる事でしょう。

私の知り合いに「障がい者なんて周りに迷惑をかけるだけだから、生まれない方が良い」と言う人がいました。
「あなたは、自分の子どもが障がい者でもそう言いますか?あなた自身が明日障がいの身になったらそれでもそう言うつもりですか?」と言い返しました。

でも、理解してもらえませんでした。この人も、昭和のおっさんです(笑)。

もっと人の立場にたって、物事が考えられる人が増えてほしいものです。





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