Mama Club

日常の困った事、疑問に思った事や色んな体験談を呟きます。ペットロス中です。

2019年06月

続き

それまで上の子の時も、保健所から電話が来た事はなく、地方で違うのかなと思っていました。

そして3歳検診がきました。

特に何も心配事も無く、普通に検診は終わりました。

ですが、この時わかった事がありました。

検診前だったか途中だったか、忘れましたが、産まれた時の指導から3歳検診までの保健師が記入する個人別のカルテ?の様な書類を渡され、それを持って回る様になっていた気がします。

記憶が曖昧ですが、とにかく我が子のこれまで保健所が把握している情報を書いた紙を渡されたのです。

検診が終わればそれを提出して帰宅する流れだったでしょうか。

結構大きな紙で、子どもと荷物と書類を持って回るのは大変でした。

待ち時間が長く、何気なく書類を見てみました。自分の子どもの情報がかいてあるので見るのは当然でしょう。

すると、これまでの検診の内容が書いてあるのですが、1歳6か月検診のところに、赤いペン書きの部分がありました。

そこにはこう書いてありました。
「言葉の発育遅れの疑い。要注意。母親は、遅れていないとの発言。2歳時に、電話にて発育状況を確認する必要あり。」

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何でしょう。腹がたちました。勝手に要注意と決めつけ、母親が嘘を言っているかのような?イメージ。人見知りをするのは正常な事であり、子どもに怒った顔で質問をして人見知りをされてしまった保健師さん。
たった数回話しかけただけで判断し、発育遅れの疑いと書かれたとは。

保健師さんは、見る目が無い人が多い?のかと思いました。子どもを見る目、親を見る目です。
本当に心配な事があれば、私は素直に相談します。
嘘はつかないし、二人目の子の親ですから子どもの成長具合はわかります。

虐待を疑うならともかく、自分たちの仕事の為に問題を探している感じがしました。

最初の子の時の保健師さんと、二人目の1歳6か月検診の保健師さん。

全く異なる地方のそれぞれの出会ったこの人たちの為に、すっかり保健師さんに対するイメージが悪くなってしまいました。


むしろ、若い保健師さんたちの方がずっとまともでした。ベテラン風の年齢と態度の人の方が保健師らしからぬ、意地悪おばさんという感じです。

そうで無いベテランの方もおられましたが、こういう人が育児に自信の無いお母さんを追い込んでいく事になるのではないかと思った体験でした。



はるか昔の思い出話~出産編?が続いております。(笑)

保健師さんの事で、もう一つ思い出しました。


末っ子の1歳6か月検診だったでしょうか。保健所に行きました。

この頃、末っ子はいくつか言葉も話し、上の子と一緒に良く遊び、特に何の心配もなく成長をしていました。

いつも通り、事務的に淡々と検診は終わると思いました。


言葉のチェックの部屋に行くと、年配の保健師さんが絵本を見せます。「これはなあに?」と聞きます。
その保健師さんの顔を見るなり、子どもが人見知りをし、ぷいっと横を向きました。子どもは正直です。うちの子どもは、生後1カ月の頃から人によって反応が違いました。

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人相と言うのでしょうか、大人が見てもちょっと怖い感じとか、お高い感じとか、良い印象の無い人に対しては絶対懐かないのです。いくら笑ってあやしても、泣いて拒否していました。

かと思えば、感じの良い人には、ニコニコし、抱っこされます。

子どもの純粋な人を見る目なのか、好みがはっきりしている子だったのか?


この保健師さんは、余裕が無く、ぴりぴりしていました。

うちの子が、人見知り(この人が嫌だった)していると、顔が怖くなっていきます。

しつこく「だからこれは何ってきいてるの!」と言い出します。すると益々嫌がるのは当然でしょう。
まるで「このおばちゃん、嫌だー!早く帰ろう」と言いたげに私にしがみつきます。


この時期、人見知りをするのは健全な成長の証だと思います。ベテランの保健師なら慣れているはず。

なのにこの保健師は、怒りだし「お母さん、この子は言葉がまだでないのですか?」と聞くのです。

私は笑顔で「人見知りをしているんです。家では、良くお喋りしています。例えば~」と家での様子を
説明しました。「なら良いです」と保健師さんは、怒った顔のまま次の検査に誘導しました。


その後、2歳の時、保健所から電話が来ました。歯磨き教室のお誘いでしたが、その後どうですかと聞かれました。何も困っていません、順調ですと答えて終わりました。


これまでそんな電話を受けた事が無く、不審に感じました。地区で違うのかなと思っていました。

続きます。




1人目の保健師さんは、たまたま困った人でしたが、2人目の時は、訪問は希望しなかったので同じ人に来られずにすみました。


2人目は、母乳がいくらでも出る感じで、ミルクは全く必要がなく貰った物は処分しました。

間違いなく、病院をかえたおかげだと思います。

医師が何人かいて、いつでも安心して出産できる環境でした。

出産後の3日間は、ゆっくり疲れをとるようにしてくれました。産後のお腹の痛みもすぐに薬でおさまりました。

母乳を飲みたいだけ飲ませたので、泣く回数も少なく、おっとりした赤ちゃんになった気がします。もともとそういう性格だったのかもしれませんが。

1人目とは全く違い、どんどん体重が増えて行き、1カ月検診では他のお子さんよりかなりジャンボサイズでした。

母乳が足りていても、身体が丈夫とは限らず、母乳にこだわる病院はそんな事意味ないと言いたいです。
むしろ、母親にとって母乳信仰はストレスです。
でるのならそれに越した事はありません。とても楽ですし、経済的にも良いです。
ただ、お母さんの栄養状態に気を付けないといけません。

買い物に行ったり、料理をする時間もなかなかとれずに、自分の事は後回しになってしまい、お母さんは貧血になり、痩せてきてフラフラとなることがあるので、気をつけたいものです。

私も、かなり痩せてしまいました。本当にこの頃のママさんは、くたくたでぼろぼろだと言う事を、周りの人、家族は理解して助けてあげてほしい。
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ジャンボな2人目は、3か月検診の時、小児科で「母乳を早めにやめた方がよい。肥満児になってしまうかも」と言われてしまいました。

哺乳瓶のおしゃぶりを受け付けず、結局離乳食までは母乳をやめることはできませんでした。

不思議なのですが、お腹にいる子どもの性質が、妊娠中のお母さんに影響を与えるのではと感じました。

1人目の時は、悪阻がひどく、何も食べられませんでした。二人目は、気分は悪いのですが美味しいものなら食べられました。ですから、美味しい物をお店に食べに行ったりしました。

コーヒーも、1人目の時はいっさい受け付けなかったのに、2人目の時は、インスタントはダメだけど豆をひいて淹れたものは美味しく感じて飲めました。

なので、二人目の悪阻の時は、良く外に食べにでていました。

2人目は食いしん坊な子です。大きくなっても食べるのが大好き。
私は、そんなに食べる事に執着が無いタイプです。妊娠中の悪阻の時は食いしん坊でした。


2人目は肥満児にはなりませんでしたが、食いしん坊なので、体格は良い方です。

生まれもった特質というものは、あると確信しています。

うぶ声からして、すでに性格がでています。

そして、泣き方で、だいたいどんな子になるか予想がつきました。その通りになりました。(笑)


第一子の産後、自宅訪問してきた保健師さんは、年配の女性でした。

いきなり訪問してきて、ずかずかと家の中に入ってきました。

どなたですかと言うと、早口で自己紹介をし、いきなり赤ん坊を探し、調べ始めました。

簡単な検診を終えると、母乳の事を聞かれ、産後1カ月の様子や病院から指導された事などを話しました。
保健師さんは、質問に私が答える度に「ええッ!」と大きな声をだしました。

それが悪かったのかなと一瞬不安になります。
でも、そうではなく「それでいいけど」と言うのです。

お乳の時間になり母乳をあげていると
「ええッ!」とまた大声をだします。「そんな事しているのっ!」と目をひきつらせて叫びます。

何が悪いのかわからず、私は不安になりました。

すると、「毎回消毒液で乳首をふきとってから母乳をやらないと赤ん坊が病気に鳴るでしょっ!」と怒っています。この保健師さんは、髪はぼさぼさ、顔付きは笑顔はなく、ぎすぎすした雰囲気でした。

なので、何を言っても、不安を与え怒っているように見えるのです。

新生児の時は、ふいていましたが、病院ではもう良いと言われてやめましたというと、「とんでもない」と言います。
私は、ただでさえ切れたりして敏感な皮膚に毎回消毒するのは、良くない気がしました。

でも、確かに毎回、水でぬらしたガーゼなどでふいてから与える方が清潔で痛みも減らせるし良いと思います。ただ、消毒液でなくても良いと思います。

もっと普通に優しく言えないのかと思いました。

初めての子育てで、不安なママさんを脅すかのような、母親失格なような言いかたは意地悪でしかありません。

母乳が足りないなら、ミルクを気にせずあげていいのよと言われたことだけは、良かったです。
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最後にトドメを刺されました。とてもナンセンスな意地悪だったと思います。


部屋をじろりと見渡して、エアコンをみると
「夏にクーラーは禁止ですよ。クーラーは赤ちゃんに毒ですよ。自分が暑いからといってさっさとクーラーなんかつける親は失格です。最近のお母さんはエアコンに甘えてます。」と強い口調で言っていました。

保健師さんが帰宅した後は、不安と嫌な気分が残りました。

遠くの実家に電話をし、この話をしました。

母が、笑い飛ばしてこう言いました。
「保健師さんの言う事が正しいなら、私たちの子育ては大失敗であなたたちは皆病気になってるわね。どんな不衛生な環境でも母乳やってたし、誰も病気になってない。いちいち消毒だなんて誰もしてなかった。」

近所のママ友に話すと
「やたらと不安にさせる事ばかり言われて、急に子育てに不安になったわ。」と同じことを感じていました。

育児ノイローゼになりかけている時に、あんな人に指導されたら、間違いなく悪化したことでしょう。

それ以来、保健師という人が嫌いになってしまいそうでした。

2人目の時は、訪問は断りました。

定期健診で、保健所にいくと、とてもまともな優しい保健師さんが沢山おられました。たまたまあんな人に担当されてしまったのだと思います。

仕事の為の仕事になっていてはいけませんね。何でもいいから粗を見つけて「指導」しないとと思っているからなのでしょうか。

それ以前に、まず人の家を訪問するマナーをこちらが指導してあげたかったですね。(笑)



前回出産について書いたついでに、産後自宅に帰ってから感じた事を思い出してみました。

第一子の出産は、遠い昔?の事で、記憶が曖昧ですが、強烈に覚えていることだけ書いてみようと思います。
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実家では自分も赤ちゃんも落ち着かず、母乳も沢山はでなくてミルクと混合でした。
例の病院の指導は、今思えば間違っていたと思います。

母乳でないといけない、ミルクを足すと母乳がでなくなるなど、最初の出の悪い時期から指導されました。そもそも、母乳マッサージが乱暴で、傷をつけられ、切れて痛いが為に精神的な面で母乳の出は益々悪くなっていました。

ミルクをたっぷりあげられず、(母乳が足りない分はミルクで良いのに、否定されていた)お腹をすかして赤ちゃんは泣くし、どうしようもなく私まで泣きたくなりました。
夜も泣くし、眠れないので、悪循環です。
育児ノイローゼになりそうでした。

自宅に帰ると、保健師さんが訪問して「ミルクをたっぷりあげていいのよ」と言われ、がっくりしました。「無駄に疲れた1カ月は何だったんだ。赤ちゃんが可哀想だったのに」と悔しかったです。

でもそれ以来、母乳が足りない時は、たっぷりミルクをあげるようになりました。
丸々太り、夜泣きもなくなり、赤ん坊もよく寝るようになって、実家にいた時に比べ、環境が良かったと思います。


次の出産でわかったのですが、2人目は完全母乳でしたが、良く病気をし、1人目より身体の弱い子でした。母乳が絶対とこだわる事で、お母さんの産後鬱を作り上げる様な指導はよくないと思います。

1人目の時の保健師さんは、ミルクをあげていいのよと教えてくれた事は救われましたが、他の指導の仕方に問題ありだったと思います。

育児ノイローゼは、保健師さんが作るのではと感じるほどでした。

年配の人で、突然訪問してきて、自己紹介もなく、ずかずかと家の中に入って来られました。

2人目からは、別の人で、そういったことはなかったので、この人だけ特別だったようです。そして、近所のママさんも、同じ保健師さんに言われたことで、不安になったと話していました。

それはどんな内容かというと、次回書きたいと思います。



産後5日ほどたった頃、子宮の回復状態をチェックされました。

お腹をさわった医師が、「うーん、何か位置が下がってない気がするけど、ま、いいか。元々こうなのだろう」と呟いています。

まいいかは酷いなあと不安になりました。

退院前にもう一度、しっかり診察もあるし、何か異常があればその時にわかるだろうと考えました。
母乳をやるのが痛くて苦痛で、乳腺炎を心配していたので、自覚症状の無いお腹の方は気にしていませんでした。

退院当日の朝、診察室で内診があります。それで異常なしなら退院。
内診をした時、医師が「お産の残りが中にあるので、これから取ります」と軽く言いました。

すぐにささっと終わるのだろうと、簡単に思ったのですが、これがとんでもない事でした。

いきなり、がっと金属の棒(鉗子?)を押し込み、かき回し始めました。おそらく子宮内に残ったゴミを掴んではだし掴んではだしを繰り返していた様です。

痛くて思わずのけぞりました。麻酔をするんじゃないの?これって手術じゃないの?お産より痛いじゃないか。何やってんだと腹がたちました。

そして、「はい、終わりました。もう帰っていいです。」とだけ言われ、そのまま退院することに。

その時、何の注意も説明もなく、薬もなく、簡単な事のような扱いでした。なので私も母も普通に動いていいのだろうと思ったのです。

処置後の痛みは強く、病院から少し歩いただけで気分が悪くなりそうでした。無知な母は、医師があんなに軽い感じで言って、帰したのだから大丈夫と思っているようで、私が痛いと言っても、平然と歩かせます。

その後、悪露が減ってきて、止まったら完全に回復です。

だいたい産後1カ月検診の時には、回復が実感できたような気がします。

もうすぐ1カ月になろうとしていた時、出血が起きました。どんどん量が増えて行きました。

検診で医師に告げると「子宮の回復が遅い」と言われ、薬を出されそれで次第に治まっていったのです。
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その後、実家から遠い自宅に戻りました。
出産から初めての子育ては不安な上に、肉体的疲労がとれないままです。産後鬱になる可能性は誰でもあると心から感じました。

産後1年ほど後だったでしょうか。記憶が曖昧です。

夜寝ていると、キリキリとナイフで切られる様な腹痛で目が覚めました。

それが、先日書いた事が原因だったのです。


今思えばあの時の手抜きの処置は酷かったと思います。

処置後、抗生物質や痛み止めをだすこともなく、何の注意もなく、そのまま退院させたのですから。

ひっかきまわしたわけですから、その後、感染する恐れはあったと思います。実際していた様ですから。しかもひきつれを起こして、その発作的な痛みに恐怖をもったまま生活する事になったのですから。

出産は、命がけです。何かちょっとしたことで一生苦しむ事も起こりえます。

もっと新米ママに周りの人は優しくしてあげてほしい。

身体もきついし、赤ちゃんのお世話も不安で大変。泣きそうになる。

それが母親だから頑張れとか当たり前とか、そんな事言わずに、助けてあげてほしいものです。


もうかなり昔のお話なので、記憶が曖昧で、間違いもあるかもしれませんが、出産は軽くみてはいけないと言う事だけは確かです。




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