Rの目は完全にダメになっていました。

瞼を閉じる事もできず、あいたままで、眼球は乾いてしまいました。痛々しくて、何とかできないものかと、ネットで犬の目薬を注文する位しかできませんでした。


病院に連れていくなんて絶対にしたくない。こんな状態で何ができるのか。


ストレスになるだけの注射、入院させて独りぼっちにする?病院で急変したら?絶対後悔すると思いました。
入院中に急変して慌てて迎えにいったら、亡くなっていた、最期を見てないので納得できない。入院させなきゃよかったと後悔される方も多い様です。


治る見込みがあるのならばそれも良いですが、もうここまできたら家で静かに過ごさせてあげたい。

そう決めていました。
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Rの心臓はしっかり鼓動を打っていました。食べ物は受け付けず、水分だけをとるだけですが。


無意識に口を動かしているのか、意識はあるが動けないのか、一日中横になったままです。


苦しかったり、痛かったりするのかもしれませんが、表情にも呼吸にも声にもだしません。


そんな時、Rの横で、子どもがギターを弾きました。Rの前でよく弾いていた曲です。

その曲を聴くと、いつもRは子どもの前に来て、気持ちよさそうに寝ていました。きっとこの音色とメロディが好きなんだねと話していたのです。

もう聴こえていないかなと思いながら、ギターを弾くと、Rが反応しました。顔を少しだけギターの方に向けたのです。

「ああ、聴こえているんだ。きっと喜んでるね。良かった。」と私たちは救われました。


嬉しいけれど悲しさはつのります。


まだ、五感が残っているかもしれないなら、今のうちにRの喜ぶ事をしてあげたいと思いました。


庭は金木犀が満開で、甘い香りで一杯でした。


私はRをベッドごとしっかり抱き上げ、庭に出ました。
金木犀の木の下に立ち、「いい香りだね。」とRに声をかけました。

反応は無かったのですが、きっと何かは通じたかなと思います。

今では、この光景が忘れられない思い出になっています。この時、最後にRと心を通わせられたと確かに感じられたのです。


身体の中は、もうダメになっていると感じられました。

心臓は強かったので意識朦朧ではありますが、しっかり生きているという日が続いていました。

Rの体内から発する異様な臭いと閉じない目、痩せこけた身体を見ていると、早く楽になってほしいと思う事もありました。
それは永遠の別れが早くなる事です。別れたくないのに、楽にしてあげたい気持ちとの葛藤が続いていました。

自分の信念は、”自然に任せよう、人間の都合でいじりまわして余計なストレスと負担をかける事なく、なるべくやすやかに最期を迎えさせたい”というものでした。
最後にかかった病院も似た様な考えであったのが幸いでした。

これで良いのかなと思う事もありましたが、自分がしてやれる事には限界があり、後は最期を看取る事ができればよいなと思っていました。

一日中、ついてやりたくても、買い物に出ないといけませんし、用事もあります。


ちょうどこの時、勤めていた会社が倒産し、しばらくは私は仕事に行かずにすみました。仕事よりRの事が優先で、ちょうど良かったと喜んでいました。

昼間、家族が外出時は、Rは家で1人です。留守中に1人で旅立ったらどうしようと気が気ではなく、いつも早めに用事を済ませ、急いで帰っていました。


毎日が悲しさと重苦しい気持ちでしたが、「まだRは頑張って生きている。悲しむのはおかしい。」と自分に言い聞かせていました。