Mamaの呟き

        日々の困った事、疑問に思った事を初め、趣味、子育てやペットの介護体験談など色々と呟きます。

前回出産について書いたついでに、産後自宅に帰ってから感じた事を思い出してみました。

第一子の出産は、遠い昔?の事で、記憶が曖昧ですが、強烈に覚えていることだけ書いてみようと思います。


実家では自分も赤ちゃんも落ち着かず、母乳も沢山はでなくてミルクと混合でした。
例の病院の指導は、今思えば間違っていたと思います。

母乳でないといけない、ミルクを足すと母乳がでなくなるなど、最初の出の悪い時期から指導されました。そもそも、母乳マッサージが乱暴で、傷をつけられ、切れて痛いが為に精神的な面で母乳の出は益々悪くなっていました。

ミルクをたっぷりあげられず、(母乳が足りない分はミルクで良いのに、否定されていた)お腹をすかして赤ちゃんは泣くし、どうしようもなく私まで泣きたくなりました。
夜も泣くし、眠れないので、悪循環です。
育児ノイローゼになりそうでした。

自宅に帰ると、保健師さんが訪問して「ミルクをたっぷりあげていいのよ」と言われ、がっくりしました。「無駄に疲れた1カ月は何だったんだ。赤ちゃんが可哀想だったのに」と悔しかったです。

でもそれ以来、母乳が足りない時は、たっぷりミルクをあげるようになりました。
丸々太り、夜泣きもなくなり、赤ん坊もよく寝るようになって、実家にいた時に比べ、環境が良かったと思います。


次の出産でわかったのですが、2人目は完全母乳でしたが、良く病気をし、1人目より身体の弱い子でした。母乳が絶対とこだわる事で、お母さんの産後鬱を作り上げる様な指導はよくないと思います。

1人目の時の保健師さんは、ミルクをあげていいのよと教えてくれた事は救われましたが、他の指導の仕方に問題ありだったと思います。

育児ノイローゼは、保健師さんが作るのではと感じるほどでした。

年配の人で、突然訪問してきて、自己紹介もなく、ずかずかと家の中に入って来られました。

2人目からは、別の人で、そういったことはなかったので、この人だけ特別だったようです。そして、近所のママさんも、同じ保健師さんに言われたことで、不安になったと話していました。

それはどんな内容かというと、次回書きたいと思います。



産後5日ほどたった頃、子宮の回復状態をチェックされました。

お腹をさわった医師が、「うーん、何か位置が下がってない気がするけど、ま、いいか。元々こうなのだろう」と呟いています。

まいいかは酷いなあと不安になりました。

退院前にもう一度、しっかり診察もあるし、何か異常があればその時にわかるだろうと考えました。
母乳をやるのが痛くて苦痛で、乳腺炎を心配していたので、自覚症状の無いお腹の方は気にしていませんでした。

退院当日の朝、診察室で内診があります。それで異常なしなら退院。
内診をした時、医師が「お産の残りが中にあるので、これから取ります」と軽く言いました。

すぐにささっと終わるのだろうと、簡単に思ったのですが、これがとんでもない事でした。

いきなり、がっと金属の棒(鉗子?)を押し込み、かき回し始めました。おそらく子宮内に残ったゴミを掴んではだし掴んではだしを繰り返していた様です。

痛くて思わずのけぞりました。麻酔をするんじゃないの?これって手術じゃないの?お産より痛いじゃないか。何やってんだと腹がたちました。

そして、「はい、終わりました。もう帰っていいです。」とだけ言われ、そのまま退院することに。

その時、何の注意も説明もなく、薬もなく、簡単な事のような扱いでした。なので私も母も普通に動いていいのだろうと思ったのです。

処置後の痛みは強く、病院から少し歩いただけで気分が悪くなりそうでした。無知な母は、医師があんなに軽い感じで言って、帰したのだから大丈夫と思っているようで、私が痛いと言っても、平然と歩かせます。

その後、悪露が減ってきて、止まったら完全に回復です。

だいたい産後1カ月検診の時には、回復が実感できたような気がします。

もうすぐ1カ月になろうとしていた時、出血が起きました。どんどん量が増えて行きました。

検診で医師に告げると「子宮の回復が遅い」と言われ、薬を出されそれで次第に治まっていったのです。


その後、実家から遠い自宅に戻りました。
出産から初めての子育ては不安な上に、肉体的疲労がとれないままです。産後鬱になる可能性は誰でもあると心から感じました。

産後1年ほど後だったでしょうか。記憶が曖昧です。

夜寝ていると、キリキリとナイフで切られる様な腹痛で目が覚めました。

それが、先日書いた事が原因だったのです。


今思えばあの時の手抜きの処置は酷かったと思います。

処置後、抗生物質や痛み止めをだすこともなく、何の注意もなく、そのまま退院させたのですから。

ひっかきまわしたわけですから、その後、感染する恐れはあったと思います。実際していた様ですから。しかもひきつれを起こして、その発作的な痛みに恐怖をもったまま生活する事になったのですから。

出産は、命がけです。何かちょっとしたことで一生苦しむ事も起こりえます。

もっと新米ママに周りの人は優しくしてあげてほしい。

身体もきついし、赤ちゃんのお世話も不安で大変。泣きそうになる。

それが母親だから頑張れとか当たり前とか、そんな事言わずに、助けてあげてほしいものです。


もうかなり昔のお話なので、記憶が曖昧で、間違いもあるかもしれませんが、出産は軽くみてはいけないと言う事だけは確かです。




出産後、くたくたの身体を休めることはできませんでした。

病室の目の前が分娩室。廊下はいつも灯りがついており、いつもバタバタと看護師が走る音がします。

部屋の窓がガラスでカーテンも無いので、夜は音と光で眠れないのです。

昼は看護師の出入り、赤ちゃんを連れて来て、母乳が出る様に定期的におっぱいをくわえさせます。

母乳のホルモンが出始めるのは、3日目くらいからです。

その前に、母乳マッサージをされましたが、乱暴で痛すぎでした。肌は真っ赤になり、傷ついてしまいましたが、気にもされず、毎日激痛に我慢しながら無理やりマッサージをされました。
そのまま赤ちゃんに加えさせる為、ものすごく痛いのです。
痛みと傷で、母乳を与えるのが苦痛になり、精神的な影響で母乳の出も悪くなるのです。

それでも、看護師さんは何もしません。
胸が張って、腫れてくると「乳腺炎になったら処置します」と言うだけで、防ぐ事はアドバイスもなく「母親なんだから耐えて当たり前」みたく、ひどいものでした。


この病院は、ここしか無いので混んでいて、サービスする意識も無かったのでしょう。

2人目の時の病院は、肌が赤くなるのを見たら、即、マッサージをやめてくれました。それに産後3日間は、疲れをとる様にぐっすり眠らせてくれました。
赤ちゃんの世話は3日間させず、4日目から母乳の練習でした。
マッサージなんてしなくても、たっぷり出ました。
お母さんは、出産で長い時間苦しみ、体力を消耗した後、すぐに赤ちゃんに母乳をやるよう病院によっては厳しく指導されるのです。

全然休めなくなるのです。
産後鬱は、こういう心身の疲労も原因になる気がします。産んだ途端に、お母さんなんだからと周りが急に厳しくなるのも問題です。


1人目の時は、何から何まで悲惨でした。

出産の時、遅刻してきた年配の助産婦さん、お昼の母乳の時間に赤ちゃんを連れてきました。
「はい、どうぞ」と差し出す赤ちゃんの顔が違いました。

え?なぜ他のお子さんを?と思い、戸惑っていると「何してんの、早く抱っこしなさいよ」と怒る助産婦さん。

「この子を抱っこするのですか?うちの子じゃないのに?」と言うと
はあ?と言ってから、名札を見て慌てて交換しに行きました。

こうやって取り違えられるのか、と思いました。新生児は同じ顔に見えるかもしれませんが、我が子は一度見れば、忘れません。

もし、これが産んだ直後なら、間違えて連れてこられても気がないでしょう。ぞっとします。

これだけでなく、その後、医師のずさんな処置が行われることになるのです。

続き

1人目を出産してから4年後に2人目を出産しました。

医師が言われた通り、あの症状から解放されました。子宮内の細胞が出産ではがれ、再生されたのでしょうか。運が良かったと思います。

もし2人目ができなかったり、何かの理由で産めなかったりしていたら、一生苦しんで生きていたことでしょう。
予期不安に付きまとわれ、精神もバランスを崩していたと思います。

それにしても、痛みの原因は、医師の処置が良くなかったようです。

ですから、2人目は別の病院で出産しました。

1人目の処置ミスとはどういうものだったのか、記憶をたどり説明したいと思います。


実家に帰省しての出産でした。
病院は母が決めていました。田舎なので産婦人科が少なく、一番人気のあるところにしていました。

いつも混雑しており、1人しかいない医師は多忙な状態。

私が産気ついたのは運悪く日曜日でした。2月の寒い日でした。

病院にいくと、病室に通され、陣痛に耐えて過ごします。
陣痛が強くなると、診察室に連れて行かれるのですが、暖房がついてないのです。お休みで。

薄い病衣を着せられて、寒くて震えていましたが、急に冷えたせいで陣痛が強くなりました。
電気もついていない診察室に1人寝かされたまま放置されました。

陣痛が強くなり、苦しんでいると、見習い風の看護師さんが来て慌てて私を分娩室に連れて行くのです。階段を下りたり、上がったりをさせられました。

陣痛室に寝ているとやっと医師が来ました。
そして診察して、「なあんだ、まだじゃないか」と怒っています。そして隣の自宅に帰宅してしまいました。

そしてまた部屋の移動をさせられました。

暫くして、破水しました。母が連絡し、また見習いの看護師さんが不安気に私を陣痛室に連れて行きます。そしてまた放置。

もう1人、看護師さんが来て2人で「どうしよう」と話しているのです。そして私に「本当に破水したのですか」と聞いてきました。
聞いても、何をするでもなくただ2人で不安そうに見ているだけ。

陣痛に苦しみながら、おいおい、何言ってんのと心の中で思っていました。

陣痛は進んでいきます。もうやばいという段階になっても、放置されていました。

自分で呼吸を整えていましたが、いきみたくなってきました。もしかしてこの何もできそうにない見習い看護師さんだけでやるの?ありえないよね。と思いました。

医師に連絡してもなかなか来ない様でした。休日だから安みたかったのでしょうか。
一度帰宅して寝ていたのでしょうか。

いきみだしたら、医師がやっときました。

髪はぼさぼさ、寝ぼけた顔に見えました。医師の指示でそこからはてきぱきと進み、無事出産しました。そこへ、助産師さんが走ってきました。
本来なら、看護師でなくこの人がいるべきだったのです。
「映画みていたのよ、お産はもう終わっちゃったの?間に合わなかったわね」と話しているのが聞こえました。私の処置もそこそこに、医師や看護師と映画の感想などを話しながらの作業でした。

いい加減にしろよという気持ちと、疲労でぼーっとしていました。

その後、この助産師はまた問題を起こします。          続きます。





だいぶ前の体験談をしたいと思います。

私が最初の出産をしてから1年ほど経った頃の体験です。

夜、突然下腹の激しい痛みで目が覚めました。腸がねじれている様なそれまで味わった事の無い痛みでした。突然です。

トイレに行きましたが、何もでません。お腹が張ってきて、痛みが強くなり、そのまま気を失ってしまいました。痛みに耐えられなくなったせいなのか、貧血だったのかわかりませんが、気が付くとトイレに横たわっていました。

どれ位、意識が無かったのかはわかりませんが、長くはなかったと思います。

痛みは弱くなっていたので、布団に戻り、身体を温めているとまた眠ってしまいました。


朝起きて、あれは何だったのだろうかと不思議になりました。

感じとしては、腸が一時的にねじれて、腸閉塞の様になり、何かのはずみでねじれがとれた様な感じです。

でも、何か悪い病気かもしれないしと近所の内科に行きました。

特に胃腸に異常はないと言われました。気を失ったという事を気にされて、脳の病気ではないかと思われた様で、脳外科を紹介されたのです。

脳外科も異常なし。

内科はたいした検査もせず、いきなり脳を調べるとかは違和感感じましたし、お腹なのでもっと先に考えられる部位もあるのではと私自身は納得がいきませんでした。
気を失うほどの痛みなんて、よっぽどの事だと思ったのです。

突然襲ってくるので、いつどこでまた起こるかわからない、赤ん坊を連れて買い物中とかに痛くなったらどうしようと思ったら、不安で外出が怖くなりました。


精神的に追い詰められる感じになってきたのです。予期不安というものですね。

原因を知りたい、と思っていたところ、生理前になると、以前は痛くなかったのに下腹部がキリキリと痛くなる事に気がつきました。

次は産婦人科に行ってみました。すると原因がわかりました。

出産した病院での産後の処置が悪かった様で、子宮にお産の残骸が残っており、それが腐敗し感染した後の傷跡があると言われました。

ケロイドになっているから、子宮が収縮すると痛いはずですよね。

当時、こう言われました。「昔からこれは血の道と言って、産後の処置が悪かった場合、体調不良をかかえて生きていかねばならないのですよ。でも、薬があるから、少しでも痛いなと思ったらそれを飲んでくださいね」

個人の小さい産婦人科でした。その前に大学病院にも行ったのに、異常なしと言われていました。

「唯一、治す方法があります。それは出産すること。子宮内が全て生まれ変わるから」とも言われました。運が良かったのは、その時まだ若く、もう一人、出産する事ができた事でした。


                            続く



就活の時期、最近の就活事情を耳にしますが、自分の時と比較すると大きく違いを感じるのは

「成績より人物重視」をする企業が増えている事です。


近所に市役所にお勤めの方がおられます。

最近、体調が悪そうで、元気がないので声をかけました。

すると、「新入社員に悩まされている。鬱になってしまい精神科に通っている」と言うのです。

「有名大学を出た新入社員が、学歴で先輩や上司に対する態度を変えて来る」と言うのです。たまたまその方の部署に、そういった人が入ったと言えばそれまでですが、それでもありえない話ですね。

仕事を頼むと、期限がきてもやらない。注意すると「自分でやれば」みたいな事を言い返されるそうです。

「自分はこんな雑用をする為に就職したのではない。頭の良さを活かす為にもっとレベルの高い仕事をしたい」と言いだすのだそう。


上司であるご近所さんは、40歳。よくこんな年上の上司に対して、偉そうにできるなと呆れる。


親の教育からやり直すべきです。

人間として、マナーとして間違っていますね。


そう言えば、自分の知り合いにもいました。

大企業に就職した娘さんが、一年目に、「雑用しかさせてもらえない」と親に愚痴り、母親が職場に来て、上司に怒鳴り込んだという話を聞きました。


呆れてしまいました。

その他にも、有名大学で首席で卒業するほどの有能な子で、一流企業に入ったものの、やはり「自分より上司は頭が悪い、そんな人の指示なんて聞きたくない」と言いだし、人間関係がうまくいかず辞めてしまいました。


能力は高いのに、人間として未熟で、成長していない人が、自分で自分の人生をダメにしてしまうのは、もったいないと思います。

ブラック企業とか、上司の意地悪とかで、潰される訳ではなく、自分でダメにするなんて。


これは、子どもの時から積み上げていくものなので、「勉強さえできれば良い、将来は安泰だ」とは言えないという事です。一番は人間性。それが自分で自分を救う最大の武器、魅力になるのですね。




知りませんでした。

最近の就活事情。

少し前までは、新卒採用の場合、成績証明書、卒業見込み証明書、健康診断書が必要でした。


それを添えて、まずは書類審査。成績が悪いから落ちたのかなあなんて落ち込んだものでした。


今は、リクナビ、マイナビなどの就活サイトに登録をしてそこが窓口になっている会社が多いです。

登録する際、学校名や自己紹介などを入力するので、企業はそれで学生の情報を知る事ができます。

エントリーをして、履歴書と志望票を出して、書類審査となるようです。

成績とかその他の証明書がいらないのは、学生さんも助かりますね。

その分、応募書類の内容が重要になる訳です。

それにしても、成績より人物重視になってきたのは良い事ですね。勉強ができても、挨拶もできなかったり、高飛車な態度をとったりしては、仕事になりませんからね。


色んなアドバイスの本やサイトがあって、学生さんは必死でそれを参考にするあまり、ありきたりの言葉で志願理由などを書いています。それは、選ぶ方にとっては、うんざりするそうです。


こう書いたら馬鹿にされるのではとか、もっとレベルの高い事を書かないといけないのに、自分はたいした事を書けない、などと萎縮してしまうのではないでしょうか。


実はそれは間違いの様です。自分の事を素直に堂々と書く方が良い結果に繋がりやすいそうです。面接でも同様。


     
就活に関するアドバイス的な情報は沢山あります。

勿論、面接などのマナーについては、とても参考になりますし是非勉強した方がいいですね。


以前、小さいお店ですが、社員を募集していて、採用の仕事をした事がありました。

新卒と違って、アルバイト的な軽い気持ちで応募した人が多かったのでしょうか。
まともな履歴書を出した人はほとんどいなくて驚きました。

字が雑で走り書きみたいだったり、写真が無かったり、くしゃくしゃな紙だったり、良くこれで平気だなと思ったほどです。

そういう事を考えると、就活についてのアドバイス情報は大事です。

就活以外にも、一般常識としてマナーを学べます。


私の年齢ではもう今更な話ですが。これから挑戦する若い人へ、少しでもアドバイスができる様になりたいと思うのです。

昨日の続きになりますが、自己紹介の時、教科書通りに無難な事を言う学生さんが多い様です。


似た様な事を似た様な学生たちが、次々と話すのを聞く方も、苦痛な様です。


印象に残らず、結果は不採用。


こんな事、馬鹿にされないかなと思う必要は無いのです。素直に自分が好きな事、趣味、アピールするべきです。自分らしさを伝えないと、どこかのただの人にしか映りません。

(ああ、あの人ね)と思い出してもらえる様に、ありのままに自分を出した人が成功している気がします。

今、自分が学生で就活するなら、どう自己アピールをするかなあと考えて見ました。何か成し遂げた事も、たいした事もしてないなあ、何の取柄も無いなあと諦めそうになります。

自分で偉そうに書いていながら結局できないのです。いやいや、何かあるはず。自分探しは大事ですね。そして自分の好きな事に自信を持つ事が大事なのですね。



免許更新に行ってきました。


5年毎だと本当に久し振り~という感覚です。


運転免許センターには、少し前に用事で行った事があるので、ご無沙汰な気分にはならないのですが、教室に入って講習を聞くという事が、久し振りでした。

ゴールド免許ですので(エヘン)講習は30分で終わりました。

が、それまでには、ズラーっと受付に並んで待たされ、申請書を書いて適性検査、手数料納付、写真撮影があり、バッグやコートをさげたまま、バタバタしました。

1時間30分で、全てが終了。これがゴールドでは無かったら、半日使うことになり、疲れたでしょうね。

5年毎で良かったです。このまま無事故無違反でいかなくては。


次の更新の年齢は?と考えると、もう残りは少ない事に愕然としました。自分はいつのまにか歳とったんだなあと嫌でも自覚させられます。

事故をしやすい人はいると思います。車が好きで頻繁に乗るとそれだけ事故にあう確率も増えますし、運転が好きな人は、ドライブ技術に自信のある人が多い気がします。それが油断に繋がる事も否定できません。


私は、運転に自信が無く、車は好きでもありません。なのに仕事で車が必要で、あちこち走り回らないといけないという皮肉な事になっていました。

急いでいたために焦り運転になり、事故をしたら元も子もありません。まだ遅刻した方がましです。そう思って、焦って運転しないように気をつけています。

また事故したの?と言いたくなる知り合いがいます。

その人の車に乗ると、怖いです。車間距離が短いのです。ですから追突事故をよく起こしています。運転中、片手でハンドル握ったり、お喋りに夢中になったり、注意散漫になっている時が感じられました。本人は自信たっぷりで運転しています。

事故を起こす度に、気をつけようと反省するようですが、しばらくするとまた元の癖が出る様です。

自分の運転に過信をせず、常に緊張感と危機感を持って運転する位が良さそうです。


私は運転歴はかなり長いのですが、事故の経験が無いので、逆に事故を起こしたらパニックになりそうです。巻き込まれるのも運ですが絶対に避けたいものです。


古い免許証は、お願いすれば貰えます。


受付時に希望を伝え講習が終わった後、窓口に取りにいきます。
前回から貰う様にしていますが、もっと早くに貰うようにしておけばよかったと後悔。

自分の顔の変遷が見られたのにと(笑)。



続きです。


結局、病院に行かずして、回復してきました。

薬で何とか乗り切るという気の張りと、早寝早起きで免疫力が強くなったのかなと勝手に想像します。


一番症状が酷かった時は、生活のリズムが崩れていました。


副鼻腔炎が治まった後の咳、おそらく後鼻漏でしょう、夜の咳が聞こえてこちらまで目がさめるほどでした。

それを観察していると面白い事に気が付きました。


毎晩同じ頃に同じ時間(30分ほど)咳をし、その後ぴたっと止まり朝まで熟睡するのです。


調べてみると、自立神経の関係かもと思います。咳は副交感神経の働きででるそうです。

睡眠中、交感神経から副交感神経にきりかわると、のどについた鼻水を感知し、咳が出始めるらしいのです。

喘息はそうはいきません。

上の子が幼児期、喘息持ちでした。今は成人してすっかりたくましくなっていますが、発作がおきる度、その小さい身体で苦しそうにしているのは親として辛かったです。


喘息だと知るまでは、病院では、普通の咳止めをだされました。が、咳止めは喘息には効果はありません。

痰がからむ喘息の様な咳には、「気管を広げる」「痰を出す」効果のある薬でなければいけないのです。国立病院の新薬を試されたり、夜中に何回も病院に連れていったこともあります。


今の副鼻腔炎の咳が、喘息へと移行しなければ良いがと、気をつけています。

大人になってからの喘息は治りにくいと聞きますから怖いです。呼吸困難の様子は周りにいる人も慌てます。

薬局で色々見ていると、最近は病院と同じ薬を市販するようになりました。


咳止めの中に、病院と同じ薬として、「気管を広げ、痰をだしやすくする」咳止めもありました。

早速買って帰りました。これも効果があり、咳が治まってきました。


副鼻腔炎の市販薬も、病院でだされる漢方薬と同じだそうで、ただし、市販の方が半分の量なのだそうです。


結局、ひどくなってから薬で誤魔化すのではなく、初期のうちに病院にいくのが絶対早く回復し、軽くすむという事になりますね。



先日、子ども(と言ってももう大きい)の鼻炎について書きました。

市販の薬で落ち着いたかと思ったら、次は咳がひどくなりました。

鼻炎のせいで(副鼻腔炎)鼻水がのどに流れる為、刺激されるのだと思います。

鼻が治らないことには咳も悪化する一方です。

特に夜は、寝られず睡眠が妨げられきつそうです。


病院に行きたいとは言うのですが、タイミング悪くどうしても休めない用事があり、それを済ませてから行くと言うのです。
それまでは、何とか薬で治まれば良いのですが。

薬を飲むと眠くなったり、色んな副作用がでる場合があります。鼻炎の薬は眠くなる事が多いので注意が必要です。

副鼻腔炎の薬を飲むと、症状は治まったのですが、眠気が強すぎて一日ぼーっとしていたそうです。前日の夜に飲んだものが翌日までずっと残っていて、顔つきまで変わるほどだったようです。

説明書には「眠くならない」と書いてありますが、人によってはあてはまらないどころか、強い眠気が長く続く事もあるようですね。気をつけたいものです。


せき止めは、最近は病院と同じ成分の市販薬があります。


せきを止めると言っても、原因や症状によって種類が違うので、気をつけた方が良いと思います。

というのは、自分には苦い経験があるからです。   続く





このページのトップヘ