Mamaの呟き

        日々の困った事、疑問に思った事を初め、趣味、子育てやペットの介護体験談など色々と呟きます。

就活の時期、最近の就活事情を耳にしますが、自分の時と比較すると大きく違いを感じるのは

「成績より人物重視」をする企業が増えている事です。


近所に市役所にお勤めの方がおられます。

最近、体調が悪そうで、元気がないので声をかけました。

すると、「新入社員に悩まされている。鬱になってしまい精神科に通っている」と言うのです。

「有名大学を出た新入社員が、学歴で先輩や上司に対する態度を変えて来る」と言うのです。たまたまその方の部署に、そういった人が入ったと言えばそれまでですが、それでもありえない話ですね。

仕事を頼むと、期限がきてもやらない。注意すると「自分でやれば」みたいな事を言い返されるそうです。

「自分はこんな雑用をする為に就職したのではない。頭の良さを活かす為にもっとレベルの高い仕事をしたい」と言いだすのだそう。


上司であるご近所さんは、40歳。よくこんな年上の上司に対して、偉そうにできるなと呆れる。


親の教育からやり直すべきです。

人間として、マナーとして間違っていますね。


そう言えば、自分の知り合いにもいました。

大企業に就職した娘さんが、一年目に、「雑用しかさせてもらえない」と親に愚痴り、母親が職場に来て、上司に怒鳴り込んだという話を聞きました。


呆れてしまいました。

その他にも、有名大学で首席で卒業するほどの有能な子で、一流企業に入ったものの、やはり「自分より上司は頭が悪い、そんな人の指示なんて聞きたくない」と言いだし、人間関係がうまくいかず辞めてしまいました。


能力は高いのに、人間として未熟で、成長していない人が、自分で自分の人生をダメにしてしまうのは、もったいないと思います。

ブラック企業とか、上司の意地悪とかで、潰される訳ではなく、自分でダメにするなんて。


これは、子どもの時から積み上げていくものなので、「勉強さえできれば良い、将来は安泰だ」とは言えないという事です。一番は人間性。それが自分で自分を救う最大の武器、魅力になるのですね。




知りませんでした。

最近の就活事情。

少し前までは、新卒採用の場合、成績証明書、卒業見込み証明書、健康診断書が必要でした。


それを添えて、まずは書類審査。成績が悪いから落ちたのかなあなんて落ち込んだものでした。


今は、リクナビ、マイナビなどの就活サイトに登録をしてそこが窓口になっている会社が多いです。

登録する際、学校名や自己紹介などを入力するので、企業はそれで学生の情報を知る事ができます。

エントリーをして、履歴書と志望票を出して、書類審査となるようです。

成績とかその他の証明書がいらないのは、学生さんも助かりますね。

その分、応募書類の内容が重要になる訳です。

それにしても、成績より人物重視になってきたのは良い事ですね。勉強ができても、挨拶もできなかったり、高飛車な態度をとったりしては、仕事になりませんからね。


色んなアドバイスの本やサイトがあって、学生さんは必死でそれを参考にするあまり、ありきたりの言葉で志願理由などを書いています。それは、選ぶ方にとっては、うんざりするそうです。


こう書いたら馬鹿にされるのではとか、もっとレベルの高い事を書かないといけないのに、自分はたいした事を書けない、などと萎縮してしまうのではないでしょうか。


実はそれは間違いの様です。自分の事を素直に堂々と書く方が良い結果に繋がりやすいそうです。面接でも同様。


     
就活に関するアドバイス的な情報は沢山あります。

勿論、面接などのマナーについては、とても参考になりますし是非勉強した方がいいですね。


以前、小さいお店ですが、社員を募集していて、採用の仕事をした事がありました。

新卒と違って、アルバイト的な軽い気持ちで応募した人が多かったのでしょうか。
まともな履歴書を出した人はほとんどいなくて驚きました。

字が雑で走り書きみたいだったり、写真が無かったり、くしゃくしゃな紙だったり、良くこれで平気だなと思ったほどです。

そういう事を考えると、就活についてのアドバイス情報は大事です。

就活以外にも、一般常識としてマナーを学べます。


私の年齢ではもう今更な話ですが。これから挑戦する若い人へ、少しでもアドバイスができる様になりたいと思うのです。

昨日の続きになりますが、自己紹介の時、教科書通りに無難な事を言う学生さんが多い様です。


似た様な事を似た様な学生たちが、次々と話すのを聞く方も、苦痛な様です。


印象に残らず、結果は不採用。


こんな事、馬鹿にされないかなと思う必要は無いのです。素直に自分が好きな事、趣味、アピールするべきです。自分らしさを伝えないと、どこかのただの人にしか映りません。

(ああ、あの人ね)と思い出してもらえる様に、ありのままに自分を出した人が成功している気がします。

今、自分が学生で就活するなら、どう自己アピールをするかなあと考えて見ました。何か成し遂げた事も、たいした事もしてないなあ、何の取柄も無いなあと諦めそうになります。

自分で偉そうに書いていながら結局できないのです。いやいや、何かあるはず。自分探しは大事ですね。そして自分の好きな事に自信を持つ事が大事なのですね。



免許更新に行ってきました。


5年毎だと本当に久し振り~という感覚です。


運転免許センターには、少し前に用事で行った事があるので、ご無沙汰な気分にはならないのですが、教室に入って講習を聞くという事が、久し振りでした。

ゴールド免許ですので(エヘン)講習は30分で終わりました。

が、それまでには、ズラーっと受付に並んで待たされ、申請書を書いて適性検査、手数料納付、写真撮影があり、バッグやコートをさげたまま、バタバタしました。

1時間30分で、全てが終了。これがゴールドでは無かったら、半日使うことになり、疲れたでしょうね。

5年毎で良かったです。このまま無事故無違反でいかなくては。


次の更新の年齢は?と考えると、もう残りは少ない事に愕然としました。自分はいつのまにか歳とったんだなあと嫌でも自覚させられます。

事故をしやすい人はいると思います。車が好きで頻繁に乗るとそれだけ事故にあう確率も増えますし、運転が好きな人は、ドライブ技術に自信のある人が多い気がします。それが油断に繋がる事も否定できません。


私は、運転に自信が無く、車は好きでもありません。なのに仕事で車が必要で、あちこち走り回らないといけないという皮肉な事になっていました。

急いでいたために焦り運転になり、事故をしたら元も子もありません。まだ遅刻した方がましです。そう思って、焦って運転しないように気をつけています。

また事故したの?と言いたくなる知り合いがいます。

その人の車に乗ると、怖いです。車間距離が短いのです。ですから追突事故をよく起こしています。運転中、片手でハンドル握ったり、お喋りに夢中になったり、注意散漫になっている時が感じられました。本人は自信たっぷりで運転しています。

事故を起こす度に、気をつけようと反省するようですが、しばらくするとまた元の癖が出る様です。

自分の運転に過信をせず、常に緊張感と危機感を持って運転する位が良さそうです。


私は運転歴はかなり長いのですが、事故の経験が無いので、逆に事故を起こしたらパニックになりそうです。巻き込まれるのも運ですが絶対に避けたいものです。


古い免許証は、お願いすれば貰えます。


受付時に希望を伝え講習が終わった後、窓口に取りにいきます。
前回から貰う様にしていますが、もっと早くに貰うようにしておけばよかったと後悔。

自分の顔の変遷が見られたのにと(笑)。



続きです。


結局、病院に行かずして、回復してきました。

薬で何とか乗り切るという気の張りと、早寝早起きで免疫力が強くなったのかなと勝手に想像します。


一番症状が酷かった時は、生活のリズムが崩れていました。


副鼻腔炎が治まった後の咳、おそらく後鼻漏でしょう、夜の咳が聞こえてこちらまで目がさめるほどでした。

それを観察していると面白い事に気が付きました。


毎晩同じ頃に同じ時間(30分ほど)咳をし、その後ぴたっと止まり朝まで熟睡するのです。


調べてみると、自立神経の関係かもと思います。咳は副交感神経の働きででるそうです。

睡眠中、交感神経から副交感神経にきりかわると、のどについた鼻水を感知し、咳が出始めるらしいのです。

喘息はそうはいきません。

上の子が幼児期、喘息持ちでした。今は成人してすっかりたくましくなっていますが、発作がおきる度、その小さい身体で苦しそうにしているのは親として辛かったです。


喘息だと知るまでは、病院では、普通の咳止めをだされました。それは無駄な事でした。

咳止めは喘息には効果はありません。

痰がからむ喘息の様な咳には、「気管を広げる」「痰を出す」効果のある薬でなければいけないのです。国立病院の新薬を試されたり、夜中に何回も病院に連れていったこともあります。


今の副鼻腔炎の咳が、喘息へと移行しなければ良いがと、気をつけています。

大人になってからの喘息は治りにくいと聞きますから怖いです。呼吸困難の様子は周りにいる人も慌てます。

薬局で色々見ていると、最近は病院と同じ薬を市販するようになりました。


咳止めの中に、病院と同じ薬として、「気管を広げ、痰をだしやすくする」咳止めもありました。

早速買って帰りました。これも効果があり、咳が治まってきました。


副鼻腔炎の市販薬も、病院でだされる漢方薬と同じだそうで、ただし、市販の方が半分の量なのだそうです。


結局、ひどくなってから薬で誤魔化すのではなく、初期のうちに病院にいくのが絶対早く回復し、軽くすむという事になりますね。



先日、子ども(と言ってももう大きい)の鼻炎について書きました。

市販の薬で落ち着いたかと思ったら、次は咳がひどくなりました。

鼻炎のせいで(副鼻腔炎)鼻水がのどに流れる為、刺激されるのだと思います。

鼻が治らないことには咳も悪化する一方です。

特に夜は、寝られず睡眠が妨げられきつそうです。


病院に行きたいとは言うのですが、タイミング悪くどうしても休めない用事があり、それを済ませてから行くと言うのです。
それまでは、何とか薬で治まれば良いのですが。

薬を飲むと眠くなったり、色んな副作用がでる場合があります。鼻炎の薬は眠くなる事が多いので注意が必要です。

副鼻腔炎の薬を飲むと、症状は治まったのですが、眠気が強すぎて一日ぼーっとしていたそうです。前日の夜に飲んだものが翌日までずっと残っていて、顔つきまで変わるほどだったようです。

説明書には「眠くならない」と書いてありますが、人によってはあてはまらないどころか、強い眠気が長く続く事もあるようですね。気をつけたいものです。


せき止めは、最近は病院と同じ成分の市販薬があります。


せきを止めると言っても、原因や症状によって種類が違うので、気をつけた方が良いと思います。

というのは、自分には苦い経験があるからです。   続く





私ではなくて、子どもの話ですが、小さい時からアレルギー体質で、鼻炎によくなっていました。
鼻血を良く出していましたし、耳鼻科通いは毎年の行事みたいでした。


成長するにつれ、毎年鼻炎にはなりますが、病院にいくほどでもなく自然治癒する程度になりました。

ところが、今年は花粉の量が半端ないらしく、アレルギー症状が強くでています。


車の汚れを見て、空気の汚染を感じます。
花粉だけでなく、排気ガスやPM2、5,黄砂も混じっているのでしょうか。


外出時はマスクをしますが、追いつかないと子どもが言います。


成長して体力がついていた子どもも、今年は酷い様です。副鼻腔炎になりました。

市販の副鼻腔炎の薬を飲んで、良くなりましたが、しつこい咳が出始めて困っています。


おそらく喉を鼻汁が流れる事によるのどの炎症だと思います。
同じ様な事はこれまでも何度もあり、病院に行くたび、そう言われました。鼻炎の後に、喉に来て終わるのです。アレルギーの薬をいつもだされていました。


咳以外に症状が無く、ゼロゼロの音もしないので、咳止めではなく、アレルギーの薬(鼻炎用など)で様子を見ています。

もし、なかなか治らないとか悪化してきたら病院に行く様に勧めるつもりです。
(子どもさんなどの場合は、個人判断でなく病院にいかれた方が良いし、早く治まると思います。)

風邪では無くても、人前で咳をしたら迷惑ですからね。早く落ち着いてほしいものです。





Rが亡くなる前日、不思議な事がありました。


黒い猫が突然庭から家の中に入ってきました。


洗濯物を干そうと窓を開けたところ、飛び込んできたのです。


近所の猫が庭の塀を通り抜ける事はありましたが、見た事の無い綺麗な黒い猫です。


長い間住んでいる家ですが、これまで猫が家の中に入ってきた事はありませんでした。


窓の近くにRが寝ていたため、猫を外に出そうとしましたが、さっさと中に入ってしまい、すばしっこいのです。


Rに気がついても何の反応もしない黒猫。

猫が大好きで、見かけるといつも「ねえ、遊ぼう」と声をかけていたRでした。でもいつも「シャーッ」と睨み付けられて、がっかりしていました。

もう意識も無いRでしたが、猫に気が付いたらもしかしたら、喜んで反応するかなとも思いました。

残念ながら、何の反応も無く、猫がそばに来ても、寝ているだけでした。


黒猫をつかまえて、外に出しました。でも、また中に入ろうとします。「今はダメだよ。病気の犬がいるの。おうちに帰りなさい」と言って、猫を庭の外に出そうとしましたが、何回やっても、敷地内に入ってくるのです。

何故そこまでして我が家に入ろうとするのかなあと思いました。Rの存在が原因だろうと思いましたが、猫はRには何もしませんでした。
もし、臭いのせいだとしたら、他の猫も寄ってきたでしょう。黒猫は、Rの方を見向きもしませんでした。
つられたとしたら、ていない様で、無視していました。他の猫も寄ってきてもよいはずです。

黒猫をやっと庭の外に出して、猫はどこかにいなくなりほっとしました。
Rが元気だったら、歓迎したのですが。

その日の夜、激しい雨が降りました。

朝には雨は止んで、窓を開けると、庭の先に猫がいました。


塀の上で、雨にぬれたままこちらを向いてじっと座っていました。いつからそこにいたのだろう、雨に濡れて大丈夫かなと心配になりました。


まるでRを外から見守ってくれているかのようでした。


その日、Rは旅立ち、黒猫はいつのまにかいなくなり、それから一度も姿を見せなくなりました。

あれは何だったのでしょう。Rを天国に連れて行く使者だったのかなと家族で話していたほどです。





話は戻りますが、Rが亡くなる前にとった動作を思い出しています。

何度もペットを見送った方なら、すでにご存じかと思いますが、私は初めての体験でした。
今思えば「もうダメなのかもしれない」「お別れが近いのかも」と感じられる動作がいくつかありました。
これを知っていれば、最期に一緒にいてあげられる可能性が上がり、心の準備もできるのではないかと思います。辛くて認めたくは無い事ですが。

その仕草は……

🌟水を飲んだり、ご飯を食べる時に首が支えられない。下を向いて水を飲めなくなるので、口まで運んであげないと飲み食いができません。

🌟寝ている途中に顔を持ちあげては、ばたんとまた寝る。これは、結構繰り返しました。

🌟瞼が閉じなくなる。眼球が乾いてしまい、変形する。

🌟鼻から臭いのする液体がでる。呼吸の度にズルズルと音がします。目からも少し出始めます。

🌟頬が膨れたりしぼんだりする。呼吸困難の状態だそうです。

🌟身体から強い臭いがする。体内で感染により腐敗がおきていたのかもしれません。

🌟のびをする。呼吸が止まる直前に、手足を大きく伸ばしました。



思い出せるのはこの位です。ため息もついた様な気もしますが、記憶が曖昧です。

介護状態の犬が、弱ってきて、この様な動きをする様になったら、気をつけて見守ってあげたいものです。でも、付きっ切りでいられないので、難しいですよね。

突然のお別れをするワンちゃんもいますので、辛いですが、次第に弱っていき、最後を看取れたのは幸せな事だと思っています。

その方がRも喜んでくれるかな。





Rが重症になってからわかった病気「腸リンパ管拡張症」とはどんな病気なのでしょう。

簡単にまとめてみました。

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腸管と腸のリンパ管を圧迫する腫瘍などが原因で、リンパの流れが妨げられ拡張し、機能不全を起こす病気です。
リンパ管内のリンパ液が腸管の内腔に漏れ出てしまう為、タンパク質も出てしまいます

慢性の下痢が続き、体重減少、腹水、胸水、浮腫も起こる事があります。


腸の組織を一部切り取って病理組織的検査をしないと確定診断はできないそうです。

完治は難しい病気の様です。

治療は、食事と薬です。低脂肪食にし、ステロイドの投与を続けます。腹水がある場合は利尿剤を使う
こともあります。


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Rの場合は、老犬で、かなり進行していたため、病理検査はしませんでした。血液検査だけやりました。その結果は非常に悪く、その為、無理な治療はしないことに医師も賛成してくれました。


今こうやって、思い出していくと、「あれで良かったのかな」という思いが出てきます。


見た目は穏やかだったけど、Rは苦しかったのだろうな、お腹も痛かったのではないかな、と想像してしまい、わかってあげてなかったのではないか、もっといたわってあげたらよかったのではないか、と反省の気持ちがわいてきます。

犬は我慢強いです。もし、同じ症状が自分自身に起こったら、どんなに弱音を吐く事だろう。

もっと苦しさをわかってあげたらよかったと、今更ですが自分を責めています。

寿命だったのだと諦めてはいましたが…、ペットロスとはこんなに辛いものなのですね。







ペット霊園に行こうと思っていました。


しかし子どもが反対。

「遠い知らない所に置いて帰るなんてできない。Rはきっと自分は捨てられたと思っちゃうよ。いつも一緒にいたい。」と涙を浮かべて訴えました。

確かにそうです。病院に入院した時、不安そうだったあのRの顔が浮かびました。

霊園は丘の上にあります。行った事もないところだからさぞ怖い事でしょう。

もし家を引っ越す事があったら、骨を掘り返せば良いのです。

リビングから良く見える所に埋めることにしました。


子ども達が早朝から穴をほり、泣きながらそっと亡骸を置きました。お花と一緒に。


亡くなる前日にRと一緒に眺めた金木犀の木の下です。
      

満開だった花はもうほとんど散っていましたが、不思議な事に、再び満開になり、お墓の上に沢山の黄色い花を散らしました。まるで止まらない私たちの涙のように。


金木犀の香りが漂う季節になると、この日の事を思い出します。


ペットとの別れは、もしかしたら人間との別れより辛いかもしれません。心を通わせたペットは、純粋で人の心を清めてくれる存在であり、愛おしく、心の支えにもなってくれるものだからです。


本当の慈愛を感じさせてくれる存在を失うのは、身体の一部を無くしたも同然と言えます。


その日以来、初めてペットロスというものを知りました。





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